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2007年12月31日 (月)

歳末商戦に想う

 一応配達すべきは終え、日曜とは言え歳末なら普通は販売店は開いているので、挨拶廻りということで出かけた。郊外幹線道路沿いに車で買い物に行くというライフスタイルが定着して、町中の販売店は非常に分が悪くなった。飲食店に重点を置いた店は別ジャンルとして。郊外でも、スーパー、ドラッグが酒専門の郊外店(DSという言葉は定義がはっきりしなくなったので使わない)を圧迫している。とは言え、スーパー相手に善戦している所も多く、当然そっちの方が酒の品揃えが深い。駐車場に順番待ちの車の列ができているが、和歌山ではまず見ない。どうしても周辺人口で差を感じてしまう。店内の棚を見ていて、地酒も少し扱い意欲が戻りつつあるかなという感じがした(焼酎と比べて)。紙パック清酒がやや減って、量産タイプのメーカーも特定名称、それも純米酒市場に力を入れだしているのがわかる。当然、競争も熾烈になってくるが、ストレスは避けられないものと諦めよう。またやる気のあるメーカーも限られつつあるように見られた。販売店側も多店舗化、広域化してくるのにつれて、地元市場というのがやや広くなりだしている感じで、これも競争を激化させる要素だ。とにかく賑やかなのはいいことだ。

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2007年12月25日 (火)

業務店市場の重力

当然と言えば当然ながら、この12月は配達を手伝ったりでブログ更新の頻度は落ちる。ついでに店頭を見て廻るが店主も忙しい時節だからあまり話しもできないが、地元市場に張り付く季節だ。今日は価格設定についてだ。容量サイズ間の価格比が大きくゆがめられていることに興味を持った。

 理屈で考えると製品1ml当たりの価格は1.8L瓶が一番安いはずである。資材や詰口の効率から考えると720ml瓶は1.8L瓶より割高でしかるべきである。中身が40%しか入っていないが、価格は45%から50%というところが相場だろう。当社の火入れ純米で49.0%である。容量比例価格の22.5%増しである。300mlとなると、中身は6分の1でも18.4%、容量比例価格より約10%高くなっている。180mlカップは、1.8L瓶の10分の1の中身が10.6%でしかない。6%高いだけ、つまり小容量ほどお買い得になってしまっているのだ。これはカップ4本より4合瓶が高いことを意味する。他社製品ではもっとすごいねじれを生じているのもあった。180mlミニ瓶サイズ10本が1.8L瓶より安いのだ。当社より1.8L瓶は5%程度高いのに、300mlは当社より6.7%安い。買いやすくするのが目的というよりは、これは明かに業務店市場からの圧力の受け方の度合いだろうと思った。当社もそろそろ見直さないといけないかもしれない。県外専門店にウエイトのある蔵ではこういう設定にはなっていない。カップが当社より15%高いが、ある意味これが正常なのだ。理屈をつけようと考えると、小容量ほど品質保持が困難であり着色しやすいから安くてよいとかも言えるかもしれない。品質管理が充分できるには720mlまでだというマニアも多い。

 

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2007年12月23日 (日)

衒示的消費

ある回想録で「衒示的消費」について説明されていた。19世紀の経済学者ソースタイン・ベブレンが作った言葉で「個人の財・サービスの購入は、隣人に負けないように見栄を張ることと結びついている」という、日頃よく見聞きされる人間の行動の一側面である。ありすぎても困りものだが、なさすぎるのもつまらないものだろう。              先日、「記念消費」について清酒がワインに領域を譲りすぎたと書いたが、この「衒示的消費」についてはどうなのだろう。日本酒党は賢いので、すぐに値頃感とか価格の割にうまいとかを追求してしまうようだ。結局それはブランドの評価に回収されるから結構なのだろうが、身近なうえに過当競争の業界の価格情報が充分社会に行き渡ってしまっているせいだろうか。また、安売りというか安過ぎる価格設定をする、いやさせられた、一部メーカーの影響もある。もう少し見栄でもいいから高く売るアイテムもあっていいし、俺はこれくらいの者だからとか、今度あてたから、とかの理由をつけて高い酒をそれも見せびらかして飲まれるように、したらいいのでは、というわけだ。これに対応するアイテムを各社はそれなりに大吟醸とかで発売しているが、どうもギフト用というイメージが強く、この衒示的消費やら記念消費に対応できていない、というかワイン、シャンパンに取られていると感じるのである。同じお金を出すなら確実にワインより高いランクのものが吟醸は飲めるはずだが。 

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2007年12月15日 (土)

和魂洋才

大阪のリーガロイヤルホテルは、和魂洋才と題して、日本酒とフランス料理のマッチングをテーマにディナー会みたいな企画を続けている。近畿清酒青年協議会(近畿の蔵元の青年部みたいなものだが)と提携して各県回り持ちで毎回2蔵がお酒を持ち込んで会食に加わり、お酒の説明をする企画である。久しぶりの当番にあたって参加すると、ロングテーブルで20人程度だったのが、4つの円卓で規模倍増となっていた。タワーウイングの28階でシャンボールというレストランの別室で、窓からの夜景もすばらしいものだ。特に冬は視界もいい。

ここ以外はイベント参加というと地酒専門酒販店、酒関係のマスコミ、地酒ファンクラブ主催で納入先か会員の銘酒居酒屋とか酒販店の倉庫、直営飲食店が会場で、客層がどうこうより興味の対象がまるで違う。もちろん商売関係なしの地元の会合でお酒を使ってくれる場もあるが。

 ここではマニア的な製造技術や利き酒内容への深いこだわりはあまりない。もちろん関心を持ってくれているから参加されているわけだが、蔵所在地域の地理、文化、銘柄の由来だとかの話題の方が受けるようだ。こういう余裕のある層への対応を清酒業界は自ら放棄してきた感がある。硬派的イメージや庶民性の重視もいいが、成功や余裕を実感する記念消費的部分をワインに委ねてしまった。何と需要振興の機会をソムリエにおすがりしているようではいけないと思う。

 サラリーマンでも専門職業でも上層に属すると自分で考える人々が、清酒を嗜むよりはワインに凝るのが望ましいなどと思わせてはならない。国際ビジネスで活躍するのだからワインの教養も必要だとか、海外で仕事をしていた時に実際飲んでいたという至極もっともな理屈もあるのだが、日本人が自国の文化的産物を下等に観させてはなるまい。清酒業界は需要振興の方針についてもう少し幅をひろげないといけないだろう。逆に海外では本物の日本酒について需要が高まっているのだから。

 

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2007年12月14日 (金)

「はかり売り」の限界

販売店の店頭にタンクをおいて、その場で瓶詰めして売るスタイル、「量り売り」と呼ぶやり方がいっときミニブームだった。販売店としては、少しでも加工度を持たせて付加価値をつけようとしたもので、安定出荷先を確保したいメーカーと利害は一致したかのように見えた。これを多数店、展開しようとしたメーカーも出現したのだが、最近そう動静は聞こえてこなくなった。

当社も1件に限り対応したが、とても増やせるものではなかった。オリジナルラベルを販売店が1枚単位で対応するという所ではうまくいっているようだ。これは蔵ではさすがにやらない。

 でタンクの清掃や品質管理への手間が思いの外かかることに販売店側も気がついてくれたのはありがたいことで、メーカーも大変なのだという理解が深まる結果となった。でももう1件やるのはお断りである。

 焼酎の方が管理が簡単でこの分野でも清酒をしのいでいるのはおもしろくないが、大きな流れにはなれないと見ている。なぜなら消費者が割安感を求めたとしても必ずしも安くないし、ブランド化は製造場でない限りむずかしい。差別化の主流は、力のある販売店が蔵へ行ってタンクごと前渡しする等で押さえてしまうやり方だが、これも蔵が自分で売る自信があれば受け容れない話なので、大きな制約がつくからだ。所詮は綱引きだが、それぞれの方針でやるしかあるまい。

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2007年12月12日 (水)

新橋でウインドウショッピング

JR新橋駅前にヤマダ電機ができて大喜びで見に行ったが、周辺をぶらつくと、最近は質屋でも酒や焼酎を売っているのに仰天した。本来は時計やバッグのブランド品を売ってる、何となくわくわくする歓楽街には必要な業種である。前の通りでは外国系マッサージ屋の呼び込みがたむろしている。いわゆるプレミア銘柄だけ売るノリなのだろうが、それにしても微妙な、品揃えだった。どういう経緯とルートでそこに並んでいるのかが興味をそそる。販売免許の自由化がこの光景を創り出したわけだが、はたしてこれでよかったのだろうか。近所の百年以上続いたお店は賃貸して建て替えられパチスロになってしまった。

それにしてもトップ(私の評価がではない、価格が)銘柄どおしの比較では、いまや焼酎は清酒のざっと3倍である。これが続くとも思えないが、どうせなら蔵で出荷価格を上げてしまえばいいだろうに。

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2007年12月10日 (月)

生ひね酒はお湯割りで

「生ひね」香については、最近一時ほど嫌われなくなった。一時はこれがわかることが通の資格だと書かかれていたこともある。今でもやっぱり苦手だという方も多いが、そういう業界人は、実際にはあまり飲まないが仕事でテイスティングする人に多いという印象がある。それはさておき、ちょっときてるなという生酒はお湯割りにするとよい、というご示唆を大ベテランの専門店の方から教えていただいた。店頭で試すと、たしかにいい感じに薄まる。燗にするのと、お湯割りにするのはちょっと違う。濃度を落としてしまうのだから。まぁいろいろ試して見るのが、生活の、いや酒飲みの智恵というものだろう。

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2007年12月 8日 (土)

講話会資料を読む

今年も出席できなかったなぁ。

毎年12月初旬、酒造組合連合会(県)まで国税局の鑑定官が来られて、業界の状況とか酒質の傾向とかを講話される。社員は出席させたが、蔵元も大抵出席させる習わしであり、日程上というと、それより優先させるような日程を作ったことの見識が問われるわけだが、いずれにせよ欠席した。

資料が翌日手元に来るが、全国市販酒類調査の結果を読む。普通酒は無視して純米酒等の特定名称酒では、アルコール分は年々低下傾向にあったが、ここ数年は横ばい推移、吟醸酒はやや高くなる傾向、とある。小売価格を抑えるため15度台にする吟醸が減って、一応品質上ベストとされる16度台の出荷が定着したかもしれない。

酸度だが、純米はやや高くなる傾向。「きれい」よりは「飲みごたえ」を評価するマニアや呑み助の意見がちょっと強くなってきたか?

アミノ酸度は、純米が他のカテゴリーに比べてやや高いようだが、考えれば当然だ。今年は低下とある。ちょっとすっきり気味か?

甘辛度は、純米で辛い方向へ変化してきているようだ。濃淡度はどんどん濃い方向へ変化している。特に純米で。

つまりやっぱり飲み応え重視化が出ているようだ。

吟醸の香気成分では、リンゴ様の芳香のあるカプロン酸エチルが年々増加する傾向にあるという。例の酵母の普及だろうか。みんな売れるために対策をとっているのだろう。カプカプしてるとか文句言ってる人も多いに違いない。

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2007年12月 3日 (月)

米の耕作者減少の現実化

小雨のぱらつく週末に、か細い山道を夕暮れに越えていくのはただでさえ寂しい。これがお通夜となり、山間地で酒米を契約栽培してくれていた農家のことだとなると、気分はもう将来への不安やらで暗澹を通り過ぎたものになる。

 そう言えばこの秋の収穫内容にちょっと気になるところがあったが、たぶん健康がすぐれなかったに違いない。

 生産減少を上回る勢いで需要が減り、米余りはまるで解消せず価格は低落している。保護論争も盛んではあるが、後継者がいないのもはっきりしている。喪主は役場の幹部になられており、詣り手も非常に多かった。1時間はかかっていた経路が各所で拡幅、整備され、45分で着くようになっている。しかし棚田のかなりの部分は山林化したようだし、こうして1人、2人と耕作者が減っていくと谷間の平坦地も継続が危ぶまれる。

 来春の作付けでどういう話がでてくるのか、冬の間に農業についてよく勉強しておかねばならない。

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