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2008年2月 2日 (土)

酒呑みであるということ

ちょっとした相談に来られた来られた人が気を遣って黒牛仕立ての梅酒を買って帰られた。「ああ、彼はあまり飲めなかったからな。」

それにしても、日本人の半分は下戸だそうで、酒業界でも、飲めない人も活躍している、いや反って、飲めないかほとんど飲まない人の方が、利き酒の成績もよさそうだし、有名杜氏に有名蔵元、有名酒販店と、そういうタイプが意外に多いのは知られた話だ。もちろん自他とも認める呑み助で利き酒チャンピオンの人もいる。

ではいったい利き酒能力とは何だろう。自分はなかなか実力が向上しないが、見た所では、鼻や舌の感度が半分、後は記憶力と表現力で、感じた感覚をきちんと受け止め整理して記憶できるかが能力という感じだ。慣れればメモを取る要領が良くなる。とは言え、普通利き酒は口に含んで吐くもので、多数の酒を一度に評価するにはこうするしかない。2合程度、温度を変えながら飲んで、翌日の残り具合まで含めて評価するのは、1晩1品づつになってしまう。毎晩2合ずつ20年飲んできたが、純米の方が体にいい、とか昨日も聞いたが、すごく説得力がある。

 あまり飲まないタイプで酒を商売にしている人はより香りに評価の比重があるようだが、しかしごつい山廃を酒を飲めない名杜氏が造るのだから、どうなっているのかわからない。いったい喉ごしとやらは、飲めない人間はどう評価するというのだ。

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コメント

私も残念ながら、一日2合が限度の人間です。店用のばあい、咽越しだけでなく、温度変化、経日変化、そして呑み終わってから、どう身体に変化が出るかも大事なので、やはりホントに飲み込まないわけにはいきません.

でも最近、呑まなくても、吐き出した後口に残る余韻の重さ、長さがほぼ咽越し(口の中だけでなく身体からのキレ、ヌケ)のよさとほぼ比例するような気がしてきました.

ですから、まったく呑めないタイプの人たちも何度か死ぬ思いで呑んで、そういう基準をトラウマのように身体にしみ込ませてらっしゃるのかな...と思っています.

投稿: ukoki | 2008年2月 3日 (日) 01時06分

私も毎日二合ほど飲んで、ん10年のくちです。
現在では各人の遺伝子の組成により処方薬物の生体内反応に大きな差のあることが分かっています。それにより今後は副作用を起こさない処方方法も実現できます(個の医療)。
アルコールも食品であると同時に薬物でもありますから、本来その普遍的評価などは不可能ということです。
たとえば翌日の抜けの良さとか、まったく個人的なものでもある、ということです。

投稿: 合氣堂 | 2008年2月 3日 (日) 11時19分

皆さんありがとうございました。
私も、外では少量多品種になるし、人と話している状態が普通なので真剣に呑んでいられないという言い訳があります。家で呑むと毎日になってしまうので、努めて飲まないようにしていますが、これも姿勢が中途半端と言われそうです。たしかにキレは難しいと思います。何か食べている時と酒だけ飲むというか特に一杯目は違いますし。
 それからアルコールの処理能力の個人差はわかりますが、同一個体においてアルコールの質(純米酒のものと蒸溜酒のもの)で肝臓等への刺激が違うという意見に複数出会って今考えているところです。
一説ではアル添系や焼酎はエキス分が少ないので、特に焼酎では酔ったという信号が脳に届くのが遅いからつい飲み過ぎてしまうということで、依存症や肝硬変になりやすいという人がいました。毎日2合飲んで純米の方が残らないという人はついつい純米でない酒の方は余計に飲んでいたのかもしれません。何の根拠もありませんが、水でもクラスターというのがあるように、エチルアルコールでも醸造段階のものと蒸溜したものでは、塊具合とかが違うので肝臓等への刺激が緩いのではないかな、と思ったりしています。

投稿: 不断齋 | 2008年2月 3日 (日) 13時46分

 そうですよねぇ、日本酒の味香を言葉に置き換えて表現するのは非常に難しいです。わたくしは具体的なものに置き換えて表現するように心がけてますがそうすると表現の幅が狭くなり受けて側の想像の範囲を失わさせる、抽象的過ぎると何言ってるかさっぱりわからない。要はバランス感覚でしょうね。

投稿: 中谷 | 2008年2月 4日 (月) 10時45分

感覚を言葉に変える方法は特に消費者の方は自分流でやってほしいと思っています。業界内では欠点指摘のための表現ばかりを使ってきたので、おもしろくないのです。ある人が言っていましたが、ワインのソムリエは基本的に飲み手に意欲をそそるためポジティブな表現をするのに対して、日本酒は製品の欠陥を指摘し製造や出荷上の問題点を検討することを目的としておりネガティブ表現である。これも需要の足を引っ張ってきた一因である、と。たしかにヒネ香、だ熟成香だと言われるよりは、ナッツ様のとかグミの実の香りのようなとか言われた方がいいでしょう。ツワリ香、カビ臭(これは本当だが)、ホコリ香、最悪だと私が思うのは生ヒネ、とあまりおもしろくない表現は枚挙にいとまがありません。
 テーブルの横でグラスに注がれて「ちょっとヒネ香が出ていますが市販レベルでは問題ありません。」とか言われたら注文する気がなくなりますよね。品の良い熟成香があり、チョコレートのような感じがあります、とかせめて言えよと思います。

投稿: 不断齋 | 2008年2月 4日 (月) 19時01分

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