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2008年4月16日 (水)

機械に対する世代感覚を想う

4/6に甑を倒して、2日がかりの火入れを終えまだあと3本は搾るという今日の段階、甑倒しのお祝いを市内で行う。慰労会だが貴重な情報入手の場で、現場の意見やらをうまく聞く機会なのだ。

 次に入れたい設備とか、どういう方法ならいいか、そんなことをするにはあと何人いるか、とかである。今年の米は溶けにくかった。昼間糠の仲買や米屋と話し込んでいたのだが、今年の米はよく割れていたよね、ということだった。小米は多いは溶けにくいはで、あまりいいコンデションではなかったというのは合致した意見だが、地球温暖化のせいだけでもないだろう。その前年は溶けすぎて味が多いとか言っていたはずだ。すべて毎年違うわな。

 温度センサーの情報を携帯やPCに飛ばす仕掛は、若手には好評だったが、杜氏にはわかるが信用しきれないという感じだったようだ。目覚まし時計しか信じられないというのも名言だと思ったが、使いつけない機械やソフトへの感覚は、自分にとってのパソコンのソフトと同じだろう。チェックの必要な書類は紙に打ち出さないと信用できないという感覚と、パラレルな意見なんだろうなと思う。では夏の間製品庫の温度管理か金魚鉢の温度管理にでも使うかという感じだ。麹室の板を入れ替える?それもいいね。

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