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2008年10月31日 (金)

和歌山県産米にこだわる蔵元の会

1週間前になりますが、10/26(日)に和歌山県産米にこだわる蔵元の会という形で県内3社(当社とかつらぎの初桜酒造さん、新宮の尾崎酒造さん)による利き酒会を開催しました。

趣旨としては、酒産地のイメージ向上が狙いで、和歌山県内でも酒造好適米の栽培が行われ、それで仕込まれた純米酒があるんだということが自然と広く伝わればいいということです。

平成17年に山田錦が和歌山県の指定品種に登録されています。よく酒米マップというのがありますが、今まで和歌山県は空欄でした。小さいことですが、それを変えることに貢献できたことを、少し誇らしく思っています。

当社では県内2地区で美山錦を農家(JA経由)と直接、山田錦は3地区で米穀業者に取りまとめていただいています。

地元の米で酒を造るというのは、必ずしも伝統の酒づくりと一致するわけではありませんでした。既に江戸時代でも離れた酒米産地から米は買われており、仕込水や消費地への出荷の利便から蔵と田は結構離れた場所だったことが多いのです。ここがワインとの違いですが、穀物酒と果実酒との違いでもあります。製造工程が長いので、清酒蔵は、水とか技術とか設備とかでも、個別蔵間、産地間競争の大きな要因となり、すべてにこだわらねばなりません。

とは言え時代の流れが、フードマイレージだとか地産地消だとかに向いてきました。棚田を守るとか地域の農家と連携してとか、意義も叫ばれてきています。たしかに原料を近くで調達すれば製造過程で発生するCO2は減らせるでしょう。でもこれをあまり言い過ぎると、地元だけで売って大都市へは出荷するなとか、言われかねないことになります。地球の裏でできた酒類を現代人は飲んでもいますが、環境のことを言い過ぎると鎖国になってしまいます。せいぜい製造を地元にこだわるくらいでいいんじゃないでしょうか。

いずれにせよ地元の米で造りさえすれば質が低くてもいいということにはなりません。一歩づつ米質、酒質を上げていかねばならない。当社でも2アイテムの地元産米のアイテムを造りましたが、大部分の主力品については、酒米産地を選んで最良の原料を集まることに主眼を置いています。

現状課題も多く、そう簡単に米にしろ酒にしろ産地イメージなどできるわけがないのです。でも大きな目標を持つことができれば夢をもてることにもなります。何でも感謝の気持ちを持てとか言われるのはこうしたことかなと思ったりします。

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2008年10月29日 (水)

コウヤマキの枝を採る

野迫川村に来たのは久しぶりだから、コウヤマキの葉を採りに行くのに同行することにした。和歌山県の高野山に多いことに由来する命名で、杉の仲間だ。これを紀和一帯では仏壇、墓に供える。香りが強く切り立てだと手に持つだけで脂が手につき、またその香りは杉より数等強く、ちょっと甘い香りである。ジャグジーだのジェットバブルだのという趣味ではなく、日本の伝統の住まいに凝る通人は、コウヤマキで作った浴槽を据えることを最高の贅沢とした。香りがよく腐りにくいからである。またケヤキの半分くらいの重さしかなく軽い木でもある。

林道の終点から徒歩でたどり着いた乾燥土壌地の傾斜面に人工のコウヤマキの林分がある。山持ちさんと契約して枝を採らせてもらっているそうで、これを宅配便で消費者に直送したり、トラックに積んで年に6回ばかり蔵近くの広場まで売りにくる。安いし鮮度は最高とあって、客が取り合うほどの盛況となるのだが、実際葉を採る現場を見るのは初めてだった。Img_44662

もっと低い平坦に近いところで畑みたいにしているのかと思いきや、枝打ちに使う梯子で高所作業をしていたのには驚いた。素人が真似ると転落骨折である。けっこう円錐状のがっしりした成木のかなり上部から採っていく。15年生くらいから枝は採れるらしいが、同じ木から2~3年置きで採れるようにうまく枝を選んでやるんだそうな。薄く採るということは1本の木から採れる本数は減って、梯子の上り下りが増えるから、当然仕事はきつくなる。楽に済ませるなら、1本の木を枯れない程度にまる裸にして痛めてしまうことになる。花卉業者に作業を委託するとそうなるので、彼は絶対それをしないそうだ。当然人も雇うそうだが、特殊性からか、コウヤマキ採りの職人は日当が高いそうだ。2万円とか聞く。今日は間に合わせやから、忙しい時はこの3倍はかつぐよと言われるが、畳のへりを紐にして巻いて、担いで山を下りていく。

蔵へ来てくれるのが、春と秋のお彼岸、盆の前、11月の祭り、正月の前、販売予告を看板にして貼らねばならないほど客は待ちかまえている。けどな、こうして採ってるのは皆知らんやろうに。

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2008年10月28日 (火)

酒林の製作風景

奈良県の西吉野郡に野迫川村という山村がある。高野山の南東側で奥の院から村役場まででも約20分は対抗車に注意しながら走らないとたどり着けない。まぁ裏高野とも奥高野とも言われるが。林業が盛んだった頃からの縁で、酒林をこの地の山守さんに作っていただいている。麓の街の木工業者が杉の葉以外の資材、用具を支給して委託している。山守は山から杉の葉を集めて製作して、木工業者に玉は引き渡され、屋根等をセットして発注者に出荷される。それはけっこうなことだから頑張ってな、で紹介だけしたつもりだが、販売面の問題から引きずりこまれてしまった。それなりにノウハウもあってできのいい酒林は作りにくい。しかも杉葉は必要量を都市部ではとても自由に集められない。また街のものと比べ、葉の香り、照りや弾力が断然強い。

何はともあれ取材の案内ということで同行することとなった。こちらは山の話もしなければならないのでちょうどいい。

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2008年10月21日 (火)

ことしは豊作だったって 「もとはじめ」

今年もささやかながら、「もと始め」(最初の酒母を仕込み始めたのを機会に景気づけに蔵が蔵人に一席設ける)をやった。もう後はスケジュール通りに造って行くしかない。さて杜氏の家の作柄なぞを問う。2町なにがしの田で米作、たぶんコシヒカリかを作っておられる。ここでも近年にない豊作らしい。8月下旬にけっこう雨が降ったのがよかったんじゃないかとの意見だった。稲に根をしっかり張らせるために水を切るんだが、やっぱり稲刈り前のできたら5日前くらいまで水があった方がいいんだそうだ。また直前まで水を入れて下がぬかるんでいると、コンバインの作業に支障がでる。二条刈りだそうだが、これくらいの方が操作しやすいそうな。

近所の農家の分まで乾燥してやってるそうだが、JAへの予約外の出荷が多かったというから、みんなよく採れたらしい。また米余るな。

和歌山県内の美山錦も入荷がそろった。2地区で116俵ほどか。なんとか3等以上でそろった。ちょっとカメムシ来てるけどな。

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2008年10月19日 (日)

国家の品格

橋本ロータリークラブ主催で橋本市の名誉市民岡潔先生没後30周年の記念行事として、ご遺族や関係者の鼎談と国家の品格の著者、藤原正彦先生の講演が開催され、聞きに行った。これは本当にすごい話で、評論家の宣伝ではなく、3年も前にデリバティブの過剰利用が世界の金融市場を自壊させる、とちゃんと書いてある。数学者が言うのだ。論理、合理性は大事にしないといけないが絶対ではない。スタートの前提からあとは理屈どおりでいいが、何を最初に持ってくるかは情緒やトータルなバックボーンで決まってくる。美しい情緒と形が国家、国民に必要なのであり、それを復興させるには「武士道」の見直しだと提言された。今やこれがま新しく感じられるのがこの混乱した経済情勢だ。政治も教育も何もかもかもしれない。いじめの発生は確率の問題で防ぎようがないが陰湿で自殺にまで追い込むような事態は弱い者いじめをしない、卑怯を憎むという武士道精神の復興で防ぐべしとされる。これには大いに納得する。理屈を言う前にこうした事は小さいうちにたたき込まねばならない、そうなんだろうが、今の大人すら持っていないものを、どう復興させればいいのだろう。

美しい情緒と形が、文学や数学の資質だとされるが、それが「センス」というものだろうか。数学のよくできるS君が言ってたな、答えが美しく感じるんだと。言われたから参加するつもりで、国家の品格を読んだのも1週間前だったが、さすがは。誘っていただいて感謝する限りだ。

電車で帰り途、思う。こうした大きなテーマはとても自分の取り組める対象ではないが、美しいと感じるような酒づくり、経営姿勢、営業スタイル、商品開発、そういうものはできるだろう。ある種の書類についてもそうだ。真実や本物とは美しいもので、それは感受性がないと理解できずまた造れるはずもない。自分の反省としては、デザインやセンスというカタカナを軽視してきた気がする。わざとだらしない恰好をして平気だった。見栄とか、軽佻とかと混同してきた気がする。急には変えられないけどな、何せセンスがないそうだから。

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2008年10月14日 (火)

草津温泉とりんご狩り

草津温泉から浅間山、軽井沢と物見遊山してきました。そんな経済情勢じゃないだろ、とは言え約束してたからなぁ。草津温泉ってえらい山奥にあるんだな。湯量が圧倒的に多いのが強みで、あれほど旅館があって混んでても掛け流しできるし、余った湯を石灰で中和してから川へ流し、廃塩を山へ捨ててるというから驚きだった。週末の渋滞を見て、首都圏に住んだら遊ぶにしても大変だなと感心。酒蔵が大規模土産店の観光センターと一番大きい、泊まった旅館を経営していたのは驚きだったが、思い切った地域ドミナント戦略だ。しかし勢いあるよね。

群馬県など滅多に行かないものだから国定忠治のことを調べて行ったが、赤城山はまるで反対側でこっちは白根山か。忠治も最後は中風で倒れて妾に介抱されてるところを踏み込まれて御用になる。かつて子分を率いて関所破りした大戸で磔にされた。公儀の対面に関わるから大罪だったそうな。これはこっちの信州街道沿いだ。忠治は、結構悪事もしたが気前が良くて子分は慕い離れず、飢饉の時も住民に施しをし、役人を斬ったこともあって、庶民の味方と後世祭り上げられた。板割の浅太郎に叔父の三室の勘助を斬らせた時、実際は子の勘太郎も殺害していたが、講談では子を助けて赤城山まで浅太郎があやしながら連れてきたことになっている。これが東海林太郎の「赤城の子守唄」のモチーフとなる。さてけちなおいらでは温泉に連れてきた社員をほっといて寝てしまうし、にっこり笑って人を斬ると言われた腕も度胸もないからね。

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北軽井沢の観光農園で初めてりんご畑を見た。観光用だから木の間隔を大きく取って草地にしてあるそうで、梯子で農園の主人がこれがいいのなんのと実を採ってもくれる。紀州人には梅、桃、蜜柑、柿、ブドウくらいまでは見慣れているが、リンゴ畑は新鮮で清々しい印象だ。リンゴの木は収穫できるまで10年かかるそうで、柿8年よりかかるようだ。寿命は50年くらい、結構長生きだ。浅間山の北東の裾野で過去溶岩が舐めたこともあるはずだ。旧満州の海倫からの引揚者の開拓村だそうで、ハイロン村と呼ばれている。民宿もやってる農園だったが、ハロウィーン用のアメリカのでかいかぼちゃを売っていたりして、結構商売熱心と見た。

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2008年10月 6日 (月)

金融危機とは無縁なんだか何だか

東京で週末を過ごして帰ってきたが、来そうだね、下の方へ。これは不動産、金融ネタだ。経済誌を2時間くらいかけて移動中読み込む。酒については例によって緩慢かつ得体のしれないアメーバのような市場の動きだ。金融危機と同様どうなっていくのかわからないが、より身近なだけに必死にさぐるしかないのだ。

土曜日に地酒イベントを開いてくれた銘酒居酒屋では、斗瓶囲いばかり集めて9品を廻してくれた。冷静に考えると少しずつ味を見ていくという意味では一人50CCにも満たないから、そう大量に使用したわけではない。うまく演出していたな。しかしこういう部分を見た一般の参加者が普段どういうものを飲むことになるのか、ちょっと考えこまされる。もしかしたら、日常はチューハイか発泡酒で、日本酒はこういう店で稀少品を舐めるだけになりゃせんかな。そもそも通常の純米酒が日常生活の食中酒として行き渡るように、こういうときだけのために稀少品を配分しているのだが。

日曜日に参加したイベントは、ファン感謝デーの性格を強めていた。新規顧客の開拓や既存客への顔見せと今期製品をチェックしてもらおうという意味合いはなくなりつつある。地方の酒販店はテーブルに立ち寄ってくれるが。

そんな会場からの帰り道、明日から開店のお店のスタッフといっしょになり、何だ自分のねぐらの近くじゃないかと、ご挨拶におじゃますることになった。オーナーと話すと、あるお店に安定的に自社の特定のアイテムを置いてもらおうなどというのは不可能なことだと思わざるを得ない。この店だけの話ではない。この20坪ほどの地酒に尖った店の保有アイテム数は160にも及ぶ。メニューにのって居るのは一部で、隠し銘柄も多い。1,2本づつ入っていくしかないし、どんどん入れ替わっていく。特定の客の指名がないと追加しないだろう。わざと切らせることも彼らは厭いはしない。

オーナーはきちんと有名蔵元で一冬製造に従事してきている。たぶん、これから来ると予想される長期の不況にも充分な耐性はありそうだ。地酒に注力するお店もそれぞれ戦略があり、多様性がある。聞いてはいたが実感した。

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2008年10月 4日 (土)

マッピング

電子地図帳の活用を遅まきながら進めてきた。半ば仕事、半ば趣味、幾分かの好奇心、いずれにせよ今までとは比較にならないほど理解が進む。出会った蔵や訪問した店なんかをユーザー図形にして貼り付けていくと、行った気分にもなれる。衛生写真で見るともっとすばらしい。とは言え余計に一度実際に行きたくなるから、IT技術が進歩しても事務所のペーパーレス化が進まないのと同様、旅行の需要が減るものでもない。

昨日蔵入りした社員の契約書類から住所をマッピングしてみた。4人しか但馬から来ていないが、ハチ北高原の麓、北側の谷筋あたりから来ているのがわかる。一人だけ香住の漁村で離れている。

一度泊まり込みで訪問したり、儀礼等で通った地域だが、冬はスキー、夏は沢登り、滅多に採れないスズタケとか、但馬牛のイメージで、一言でまとめると奥深い高原という感じだ。正直、うら寒そうな印象だったが、山は高いが傾斜は紀伊山地よりはなだらかといったところだ。でもハチ北のスズタケなんかは、ロープで体を釣って崖を降りて宙づりで採るんだそうな。杜氏集団の根拠地としては最も高齢化が進んでいる地域のひとつであるが、今年も蔵人達を送り込んでくれ、地元採用の社員達と協働、指導にあたってくれているのは、感謝に堪えない。

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2008年10月 2日 (木)

蔵入り

杜氏達がやってきたのは1日の夕方だった。半年分の生活道具を車に積んでくるので、宿舎のある2階まで、パレットに積んでから地元の社員がフォークリフトで揚げている。その辺は楽なようだ。外でアパートを借りていたら本当の引越になってたぶん荷物かかえて階段を上がるハメになるだろう。今年は4人で1人増えている。これは地元が1名減なためで、増減を繰り返しながら地元化を図るという流れだ。全員過去来たことがあり、去年は呼べなかった人もいるが、どうしても1才づつ年はとってくるな。自分もだけれど。早速2日朝から掃除、用具の煮沸、消毒、井戸替えに入る。こうなるとこちらも米の手配の確認、製造計画の作成、現場との打合せとなって、引きしまってくるのだ。資材会社の訪問も増えてくる。エクセルで当てはめていくのだが、米屋や酒造組合と電話をしながら日長、計画をああでもないこうでもないと作り込んでいく。杜氏の所へいって相談もしないといけない。勝手に作って無理ですと言われても仕方がないのだ。米屋も巧みに取扱い高を増やそうとするし、まだ収穫量が決まらないところは仮数量で作っておく。これを何度も直して確定させていく。おもしろいんだがな。

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