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2008年10月19日 (日)

国家の品格

橋本ロータリークラブ主催で橋本市の名誉市民岡潔先生没後30周年の記念行事として、ご遺族や関係者の鼎談と国家の品格の著者、藤原正彦先生の講演が開催され、聞きに行った。これは本当にすごい話で、評論家の宣伝ではなく、3年も前にデリバティブの過剰利用が世界の金融市場を自壊させる、とちゃんと書いてある。数学者が言うのだ。論理、合理性は大事にしないといけないが絶対ではない。スタートの前提からあとは理屈どおりでいいが、何を最初に持ってくるかは情緒やトータルなバックボーンで決まってくる。美しい情緒と形が国家、国民に必要なのであり、それを復興させるには「武士道」の見直しだと提言された。今やこれがま新しく感じられるのがこの混乱した経済情勢だ。政治も教育も何もかもかもしれない。いじめの発生は確率の問題で防ぎようがないが陰湿で自殺にまで追い込むような事態は弱い者いじめをしない、卑怯を憎むという武士道精神の復興で防ぐべしとされる。これには大いに納得する。理屈を言う前にこうした事は小さいうちにたたき込まねばならない、そうなんだろうが、今の大人すら持っていないものを、どう復興させればいいのだろう。

美しい情緒と形が、文学や数学の資質だとされるが、それが「センス」というものだろうか。数学のよくできるS君が言ってたな、答えが美しく感じるんだと。言われたから参加するつもりで、国家の品格を読んだのも1週間前だったが、さすがは。誘っていただいて感謝する限りだ。

電車で帰り途、思う。こうした大きなテーマはとても自分の取り組める対象ではないが、美しいと感じるような酒づくり、経営姿勢、営業スタイル、商品開発、そういうものはできるだろう。ある種の書類についてもそうだ。真実や本物とは美しいもので、それは感受性がないと理解できずまた造れるはずもない。自分の反省としては、デザインやセンスというカタカナを軽視してきた気がする。わざとだらしない恰好をして平気だった。見栄とか、軽佻とかと混同してきた気がする。急には変えられないけどな、何せセンスがないそうだから。

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