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2009年5月21日 (木)

おかしいとは思ったけど(長崎市の人口)

Img_1004 そんなことはないよなぁ。長崎市の人口が30万台前半と地元の人に聞いた時の感想だ。しつこいながら帰って調べると中核市人口順位というのがある。そうれ見ろ。ちゃんと法定人口455,206人(2009年4月1日)で、375,591人(2009年3月1日)の和歌山市より多いやないか。

ただし感想は大きくは変わらない。多くの地方都市のアーケード商店街が衰退する中、健闘しているというか賑わいを保っているということで、理由は地理的位置から独立した商圏を確保していること、新幹線が未達でストロー現象がまだ起きていないこと、坂が多くて平坦地が少ない地形により、加えて路面電車を残したという政治的選択から、路線型商業施設や大型ショッピングセンターの進入を阻止できているからだとまとめられる。

加えて観光の中心も長崎の街そのものなうえ、五島、壱岐、対馬という広大な島嶼地域を長崎県が管轄しているという政治的背後地の広さもあるだろう。置かれている環境で経済の成り行きも違うもんだとよくわかった。

ただ、ちょっと調べると北方約15㎞の西彼杵郡長与町にイオングループが売場面積約74000㎡の大型SCの建設を計画、その是非を巡って地域間対立の様相を示しているようで、とりあえずは開発許可は出ず、当面お流れになりそうだ。坪300万のアーケード商店街の繁栄維持が必ずしも住民の幸福につながるとは断言できないが、大資本の自由な出店で消費者利益が増進したのかというと、これも大いに怪しいというのがこの20年の自由化の結果であったことは大方の国民が共有した感覚に違いない。

そもそもの間違いはマーガレット=サッチャーのとんでもない誤解が始まりだった。日本の流通が合理化されず規制だらけなので、イギリスのスコッチが日本で売れないという圧力が当時貿易黒字過大の日本にかけられたわけで、輸出依存の日本としては流通や酒販売の自由化に踏み切ったのだが、それでスコッチが日本で売れたわけではない。免許で守られていた酒販店はスーパーなどの一コーナーに吸収され、地方の商店街はショッピングセンターに蹂躙され文化も破壊された。自動車依存と町のスプロール化が進み、人口当たりのCO2の排出量も増やしたはずだ。今度はコンパクトシティー推進でSCのスクラップなのか、新規出店抑制は既存店の既得権化を進めけっきょく大手資本の優位は続くのか。姥捨て山化した郊外住宅地の老人のケアに莫大な予算が必要となり、購買力が落ちたら結局大型店も撤退となって、跡には何が残るんだろう。そう極端に考えずとも、幹線道路沿いの商業施設はなおも駅前やアーケード商店街に対して優位なのは明らかで、中規模店中心に果てしない業態開発と競争は続いていくはずである。最後は政治だなとは、長崎を見てきた感想である。

自分だってあのままの規制環境が良かったとは思っていない。免許規制のもと相変わらず大手中堅の画一的製品を地元商人が広告と値引きで選択して売っていたのでは、吟醸酒や純米酒が出てくる余地もなかっただろう。自由化が強いた苦境の中でメーカーも流通も努力したのだから。逆説的だが、自由化こそが清酒の高品質化と多様化を広めたのだ。

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