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2010年4月30日 (金)

殺生釘(せっしょうくぎ)

散歩にでも出ようかと迷っていると、売店に大学の先生が来られているという。出てみれば電話をいただいていた方で、屋根瓦等を調べられているそうで、民俗学の先生らしかった。

蔵の大屋根西端の鬼瓦に釘のようなものがついているがあれは何かという、町並み見学のお客様の質問に町並み案内ボランティアも蔵も答えられなくて、結局そんな先生まで後日問い合わせてしまったようだった。またその先生が休日を利用してわざわざ寄られてしまったようなのだ。

殺生釘といって、もともと烏除けか何かだったらしい、もちろん多分に魔除けや示威的装飾の要素もあったらしいのだ。京都あたりで明治から第一次大戦の好景気の頃流行ったそうだが、この辺りでは珍しいとか。

わざわざ自社の屋根を写すのも面倒ながらそういう質問(何を聞かれるかわからない)もあるということで、広報の一環と割り切ります。

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鬼瓦・鬼板の上に、十本弱(7~10本程度)の釘状の金属が放射状につけられたものということですが、これは5本ですね。この建物はいつの建築だか自分でもわかりません。明治の始めくらいだろうと思いますが、それでは先生の説明と食い違いますから、後から付けたのかもしれません。それにしてもバックの漆喰が随分厚く巻いてるなと思いますが、調べるとこれが古い様式で、後ろ部分も二重にした影盛り鬼瓦になっていったと書いたサイトがあります。

江戸時代にあった蔵を曳き家で100メートルほど動かしたものだとか、それも田辺の方の醤油蔵を解体して柱や大梁を舟で運んできて古材で組んだとかも聞いたことがあります。本宅は大正5年から7年の建築とわかっていますが、それよりははるかに古いはずです。どの時点で殺生釘を付けたのでしょう。

青森あたりでは殺生釘のある蔵を観光材料にしているようです。いずれにしても先生のアドバイスとしては、建て替える時も外して保管するか、もう一度載せて下さいとのことでした。

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2010年4月29日 (木)

農のシーズンに入る

製造部のうち但馬からの三人は26日に帰っていった。まだ最後の方は搾っていないが、地元組で対処、火入れもするから月末頃の皆造、さらに清掃等があるが、もうそれは彼らでできる。何年も前からそうするよう言っていたのだが、漸く一歩また進んだ。いや、これからがまた大変かもしれない。

とは言え、蔵の製造シーズンが終わろうとしているが、朝から米屋さんが見込み価格表を持って来られた。米種、産地、等級の今年の価格見込みだそうな。少しづつ下がってますが、高級な兵庫の山田錦は下げ幅が大きそうです。そうはいっても収量なんか今のところわからないじゃないですか、と私が聞く。それは見込みですからとのことで、通年程度の作柄ならこうなるという予測らしい。

3月下旬の冷え込みで、早場米の産地、鹿児島、宮崎、高知あたりでは、幼苗で田植えしたものは根が動かず、葉も霜焼けとなって、植え直しになったらしい。スーパーに出回る時期が少し遅れるという見込みらしい。それにしても7月25日頃には出てくるというから早いものだ。余っているんだったら作付け量を修正すればよさそうなものだが、農家はそういう発想が苦手らしい。いずれにしても、また米の勉強シーズンに入ってきたわけだ。田圃廻りの日程調整を依頼した。

そういう一日が終わって出かけた夜の勉強会では、JAではない農業協同組合組合長の話だった。紀北のことゆえ、モモ農家の出席が多い。減農薬や特別栽培に挑戦されているあたりは米と同じなんだがな。いかんせん田がないというか狭いというか。加工・直販への挑戦、6次産業化、といったキーワードは各所で聞かれるがここでも。

今年も地産地消と品質維持向上、必要量確保、リスク分散等、同じ悩みが待っている。

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2010年4月27日 (火)

演習 中京圏侵入 それで仙台かよ

いやー、前総理ではないけど感動したな。近畿自動車道が門真から京滋バイパスとつながったと聞いていたので使ってみたかったのです。複雑な日程を調整すると丁度使えるということで喜びいさんで出かけましたが、ひどい雨。

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草津でいったん名神にでますがすぐ新名神に入ります。すごい道ですが、まさか国力の最後の輝きじゃないでしょうね。亀山近郊で東名阪に出て中京圏に入っていきます。地図で調べ選んだのが名古屋駅から地下鉄東山線一つ目の伏見から南に少し離れた所へ降りる白川インターです。乗り降りがスムーズと見て、インター近くのコインパークに停めます。何と家から3時間、240㎞ほどじゃないですか。駐車代はけっこうかかりますが、ここで東京へ新幹線で移動。ベースキャンプに泊まります。翌日は何故か仙台です。

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これは泊まらないと無理。しかし仙台のエルビス=プレスリーももう少し減量してほしいな。でも本物も肥満に悩んいでたようだから似ていていいかもね。歌は非常によかったです。

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問題はそこからです。ただの何とかじゃないところを見せてやる、とばかりに、朝仙台を発し、東京は手荷物を取りに寄るのみで通過、名古屋で車に戻り、新宮まで急行します。往きは道の駅の裏手の川に連ねた鯉のぼりを眺める余裕もありましたが4時間近くはかかります。

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高速が紀勢大内山までは伸びていますがそこからが長い。これも名古屋から230㎞以上ありますか。そうして帰路が夜の峠越えの寂しいことで、真夜中前にまた名古屋・伏見に戻ったのでした。

翌日はまた新幹線で今度は新横浜往復です。一応真面目に酒を並べて立っていますが、気分はやや朦朧、横浜線の古淵駅から歩いてみると気候もよく、古戦場めぐりでもしていたい気分ですが。新田義貞が鎌倉攻めの時立ち寄ったようだし、中先代の乱の合戦地でもあったらしい。

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早めに失礼してまた名古屋に移動。車で帰路に就きます。8時前ののぞみで9時過ぎに名古屋、0時過ぎに帰宅なら、時間でもコストから見ても名古屋を拠点に動いた方がいいかもしれません。とは言え疲労とCO2排出を考えるとそう頻繁に使えるパターンではないと思います。あくまで今回は無理な日程に合わせただけのことです。来月は新大阪泊で予定を組みます。

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2010年4月20日 (火)

日本酒のイベント連チャンを終えて

土曜日に「日本酒ライブ」、日曜日に「純米酒フェスティバル」とイベント参加して月曜夜帰投しました。土曜が参加者330人と33蔵、日曜が2部制で計1500人の参加者に52蔵の出展でした。土曜は錦糸町の産業会館、日曜は目白の高いホテル、参加料や、開催回数の差もありますが、1人でブースに立っているとよく比較もできます。

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中小規模日本酒メーカーのローコストなPR機会ではあるのですが、何回も同じ会に参加していると営業効果は薄れてきます。消費者で2日とも参加している方も散見されますが、喜んでいいのか、市場の狭さを感じるのかちょっと複雑な気分です。ふだん飲めない高いクラスの酒をこうした所で会費で飲むということになるとちょっと困るように思いますが、これが今のメーカーの実力です。

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お客さんの反応はまたにしますが、こうした所にでるのは熱心な蔵ばかりでしょう。社長だけ来ている当社みたいな所もあれば、奥さんや娘さんと経営家族で来ている蔵、社員にまかせている所、総掛かりのところと、蔵との距離や会社規模、方針その他、見ているとおもしろいし、話せる所とは情報交換したりと有意義でもあります。今回は一人で全部まかなったので会場では他のブースを訪問することはほとんどありませんでした。その分懇親会には両方とも参加しました。各蔵事情や背景等さまざまですが、それぞれの思いや考えがあって、それを聞くのが楽しみで参加している面があります。

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2010年4月17日 (土)

東京スカイツリーがよく見えます

東京スカイツリーがよく見えます
東京・錦糸町のすみだ産業会館で雑誌会社の日本酒ライブというイベントに参加しました。8階ロビーから建設中の東京スカイツリーがよく見えます。東京タワーを高さで抜いたそうですが、まだまだ先はあるようです。今のところのてっぺんで大型クレーンが3機も動いています。楽しみだなあ。

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2010年4月13日 (火)

新宮の地酒屋さん 和歌山県の山中縦断は気をつけよう 

往きは海南高原を越え、帰りは有田から高速に乗り、いずれも以南は龍神、中辺路の山中を通って新宮まで行ってきました。今回は酒屋さんに訪問もしてくることができました。和歌山県の南東端、人口3万5千ほどで、独立した文化圏、いわゆる熊野の中心地で、規模だけでは語れない何かがある街です。ここでも地酒に注力されるお店があり、県外ものも集めだされています。全国ポツポツとこういう地酒屋さんがあるのがうれしく、たいていそういうお店は店主が熱い。同じ酒でもここの店の酒は違うんだと言い切れる方達です。お互い応援していきましょう、とか口では言いませんが、そういうことです。

Img_1990 だいたい150㎞ですが、カーブ続きの県縦断をノンストップでやると、到着時若干フラフラします。どんどん道路改良されてきているんですが。トンネルを抜ける毎にちょっと世界が違ってくる感じがして、再生とか蘇りをめざした昔の熊野詣の気分を少し味わえます。

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2010年4月11日 (日)

亀は甲羅干しに木に登る

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自転車で、7㎞ほど離れた伊太祁曾神社社まで行きました。丘陵地を微妙なアップダウンに苦しみながら進みます。途中のクリークまで来ると、水面から出ている枯れた幹や、枝の上でたくさんの亀が甲羅干しをしています。池の岸近くは小さい者達が、細いながらしっかりした岸から離れたところには大きいのが陣取っています。水面から50センチはあるでしょう。そんな高い所まで、しかも堅いけれども細い枝を亀が登れるというのは驚きでした。きっと背中を乾かす場所にも群れの中で序列があるのでしょう。近づくとすぐドボンドボンと飛び込んでしまいますから周りをよく見ているようです。かなり早くに反応し、亀は以外と敏捷です。よく見てみると首をけっこう真上に伸ばして出していますが、上空や周囲を見張っているようです。カラスや大型の肉食鳥に捉まれば、上空まで持ち上げられ地上に叩き付けて甲羅を割って喰われるという残虐な運命が待ち構えています。それでも甲羅干しをしなければいけないのは、寄生虫のせいなのか、水中の敵もいるのか、門外漢の知るところではありません。それに大きくて重い者は鳥は掴めません。亀の中では大きいほど安全だということなのでしょう。

のどかな日曜の午後、休息はどの生物にもあるのかという亀の問いかけでした。帰ると甑倒しで一席蔵がねぎらいをもうける会合です。今日で最後の蒸し、唯一1本普通酒の留でした。その前のは純米醸造の普通酒の留で、これは来年2本にしないといけないのかな、というところですか。最後まで無事故をお願いします。

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2010年4月10日 (土)

来週は忙しいからな

土曜、事務所と瓶場は休みだが、蔵は若手で瓶燗急冷をしている。それ用のアイテムは蔵で詰めることになると、詰口工場が二分される可能性がでてくるのはちょっと考えるものだことになる。もちろん瓶場も充分な稼働と配送を行っているので、それもこっちでやれとはとても言えないのはわかっている。しかし蔵内で詰め口まである程度してしまっているということは、杜氏=社長、あるいは社長が瓶場責任者の蔵は、かえって瓶燗急冷タイプの処理はやりやすいということかもしれない。聞けば槽場で圧搾機の口から直詰している所もあるというからな。

明日は甑倒しだし、月曜から本生製品の出荷も始まる。移動の多い一週間にもなる。ちょっと見たい物でも見ておくか、と和歌山市内の拠点に車をおいて南海電車で出かけることにした。市駅まで1㎞ほど歩き市堀川遊歩道にも立ち寄ります。

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土曜の中心部は静かです。春ののどかな眺めと見るか、沈滞した経済情勢を感じるかは気分次第というわけです。帰りに駅で昔の従業員に会いました。子供が上場企業に入っているが少ない人数で酷使されていて、帰りたいって言ってるからと頼んできます。そんな吸収力ないよ。でもみんな大変なんだからがんばれって言ってあげなさいよと慰めます。

ぶらくり丁入口のマクドナルドが閉店だというニュースがあって、それへの市のコメントが街の顔でしたから残念というのがあって、そんなコメントが残念でならなかった。地方へ出てきた大手資本の店が減って何が寂しいというのか。

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2010年4月 9日 (金)

和歌浦の鶴はどっちへ飛んでいったのか

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片男波の先端あたりに亀の川が東から流れてきて河口になります。その辺りで日中うろつく羽目になりました。万葉集の歌どころを眺めていらるんだからいいだろう、ということです。なるほど眺めも気候もよく、山側も紀三井寺のある名草山まで堤防上からは一望できます。なにせ東の方も布引の畑が広がっていますから全周遮る物もそうないですから。今では和歌山マリーナシティに続く海岸沿いの道沿いにちょっと洒落たお店やら、眺望を好む人達向きの住宅地もできつつあります。売地の看板を見るとロハスガーデン毛見とありました。聞くところでは、医大病院も近いのでドクターもちらほらお住みだそうです。海好き住民達でバーベキューとかしていることがあるといいます。今後その傾向で街が出来ていくんでしょうか。目の前の海水浴場はウインドサーフィンが盛んといいます。ロハスなぁ、和歌山にいること自体ロハスやろ、突っ込みながら歩いてみます。

和歌浦と言えば、和歌山市の名所、新婚旅行の最初のメッカの旅館街。温泉もないけど大阪からまぁ気軽に行ける眺めの良い海岸です。奈良時代は天皇さんも保養に来られた所です。その片男波は天の橋立のような細長い砂州ですが、紀伊水道側は磯ですからすぐ水深も深くなるようで、テトラポットで護岸していたと思います。東側は和歌川河口の続きでこっちは潮干狩や海苔の養殖というイメージで干潟になります。昔はこれが紀の川の本流河口だったとか読んだことがありますが、このパターンは万葉の頃も変わらなかったでしょう。

山部赤人の有名な和歌(反歌)で、塩が満ちてきて干潟が無くなってきたので、芦辺に向かって鶴が飛んでいく光景を詠んだものがありますが、あれはどこから見た光景だったのか、という文がありました。長歌に反歌2首のセットで、前に雑賀野、沖の島、玉津島山が出てくるので、西側からという説が有力らしいのですが、ここから見ると、やっぱりこっち側からの光景をイメージしたんだろうと思いました。干潟があるのは片男波の東側、芦辺は河口地帯のもう少し北の方だったはずです。毛見の方まで歩いてきたとも思えないので根元の方、今の塩竃神社あたりからの眺めじゃないんでしょうか。

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2010年4月 6日 (火)

本生 無濾過 詰口

本日、本生無濾過の純米酒を詰口しました。

毎年、本生の瓶詰をすると春になったという気がします。

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黄色のカーテンは、フィラー(充填機)とキャッパー(打栓機)部分を空気清浄するものです。生酒はとかく気を使う必要があります。

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2010年4月 4日 (日)

紀北の桜は今が盛りです

この週末も酒販店さんの見学会の応接をしたり、作業予定地の下見にでかけたりと、一応動いてはいるものの、桜を見がてら散歩する時間を持つことができました。今がまさに盛りかなと思うが、天気も良く、永正寺、海南駅、山田川沿いに藤白神社と咲きそろっています。

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神社の境内もゆったりした人出で有名な所よりも楽しめているんじゃないかと思いました。有馬皇子の墓まで往復するとまず1万歩程度とわかっています。悲劇の皇子を悼む者が多いので名所になっていますが、刑死であって陵墓ではないですから、小公園のようで、塚や厳かな森はなく痛ましくもあります。が、唯一救われているのが、墓石の上をりっぱな桜が覆っていることで、今や満開の花びらを時折墓に静かに注いでいます。いつ頃からこうした風景となったかはわからないのですが、すばらしいことだと思いました。

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それにしても鈴木屋敷の建物が大分傾いてきた感じで、つっかえ棒もしているようです。庭は自由に出入りできるので花見をしている人達もいるのですが、屋敷も何とかした方がいいんじゃないかなんて、無責任な感想をもって歩き去っていきました。小栗街道についての教育委員会の掲示が、観光用なら史実については適当でいいという風であまり好感は持てませんでしたが。

今週一回雨が来れば散りに行くでしょう。

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日曜ですが蔵の方はまだ10本ほど搾る予定のようで、片や蔵内だけで瓶燗なんかやっていました。大変なんですが、今後のことも考えると必要な部分です。桜みたいにパッと散るわけにはいかんですからね。

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2010年4月 2日 (金)

1日九州を走る

後で考えると何でこんな年度末に九州まで行くことになったのかはわからない。いやがらずに会っていただいた先様には申し訳ないが。博多を朝でてレンタカーで熊本と大分の佐伯と日田を廻って、博多へ帰ると、走行距離は580㎞を超えていた。

博多の朝の高速は渋滞する。皆九州各地へ博多から営業に出かけるためで、通勤とは反対方向の渋滞があるようだ。博多が九州の経済的中心だということがよくわかるが、熊本あたりまでカバーエリアという感じで、ストロー効果なんかもあるのではないだろうか。専門商社さんも博多で訪問できたが、上海も1000㎞圏なら東京と変わりない。各地への直行便も多いし、貿易拠点としての性格も肌で感じられた。ソフトバンクのサイバー大学の話も聞けたのは為になった。やっぱり動かないとネタは得られない。

もうちょっとゆっくり廻れたら話せるかとも思ったけどたまにはいいだろう。

高校の修学旅行の頃とは違って大分自動車道ができていて、由布岳の脇を抜けていく。

Img_1718 九州も広いし、自然も多様。

延々、佐伯の豊前二見近くまで行ったが、伊勢とよく似ていて驚く。ここから鹿児島まではどう通っても6時間はかかると聞いたが、地図で確認して納得した。いやよく走った。

林業の町、日田ももう少しみたいがそんな時間もない。次回はもう少し近場を廻れるはずだ。

それにしても、和歌山メーカーの梅酒がよく浸透しているのはすごいことだ。

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