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2010年4月 9日 (金)

和歌浦の鶴はどっちへ飛んでいったのか

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片男波の先端あたりに亀の川が東から流れてきて河口になります。その辺りで日中うろつく羽目になりました。万葉集の歌どころを眺めていらるんだからいいだろう、ということです。なるほど眺めも気候もよく、山側も紀三井寺のある名草山まで堤防上からは一望できます。なにせ東の方も布引の畑が広がっていますから全周遮る物もそうないですから。今では和歌山マリーナシティに続く海岸沿いの道沿いにちょっと洒落たお店やら、眺望を好む人達向きの住宅地もできつつあります。売地の看板を見るとロハスガーデン毛見とありました。聞くところでは、医大病院も近いのでドクターもちらほらお住みだそうです。海好き住民達でバーベキューとかしていることがあるといいます。今後その傾向で街が出来ていくんでしょうか。目の前の海水浴場はウインドサーフィンが盛んといいます。ロハスなぁ、和歌山にいること自体ロハスやろ、突っ込みながら歩いてみます。

和歌浦と言えば、和歌山市の名所、新婚旅行の最初のメッカの旅館街。温泉もないけど大阪からまぁ気軽に行ける眺めの良い海岸です。奈良時代は天皇さんも保養に来られた所です。その片男波は天の橋立のような細長い砂州ですが、紀伊水道側は磯ですからすぐ水深も深くなるようで、テトラポットで護岸していたと思います。東側は和歌川河口の続きでこっちは潮干狩や海苔の養殖というイメージで干潟になります。昔はこれが紀の川の本流河口だったとか読んだことがありますが、このパターンは万葉の頃も変わらなかったでしょう。

山部赤人の有名な和歌(反歌)で、塩が満ちてきて干潟が無くなってきたので、芦辺に向かって鶴が飛んでいく光景を詠んだものがありますが、あれはどこから見た光景だったのか、という文がありました。長歌に反歌2首のセットで、前に雑賀野、沖の島、玉津島山が出てくるので、西側からという説が有力らしいのですが、ここから見ると、やっぱりこっち側からの光景をイメージしたんだろうと思いました。干潟があるのは片男波の東側、芦辺は河口地帯のもう少し北の方だったはずです。毛見の方まで歩いてきたとも思えないので根元の方、今の塩竃神社あたりからの眺めじゃないんでしょうか。

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