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2010年6月27日 (日)

めざせ名牛? 但馬で安美土井号の像を見る

但馬まで出かけて杜氏に会ってきました。4月に帰られるとき充分話ができていない気がしたからです。道の駅に寄ると、「名牛の碑」として、但馬牛の種牛の像が建てられています。石板が上向きで芝生に立ち入らないと銘が読めないのが残念ですが、相当大きな像で、功績の大きさが窺えます。碑文には、日本独特の肉用種の完成、ことに和牛の資質、肉質の向上に果たした功績では最高峰、と絶賛されている種牛「安美土井号」とあります。こちら地名由来で酒銘が黒牛ですが、今の杜氏が但馬牛の産地から来ていて、まあこれも縁というか何というか。こちらもめざせ名牛?ですか。杜氏が帰りに冷凍した牛肉を持たせてくれました。桃でも送らないと。

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2010年6月26日 (土)

東京スカイツリー たぶん高くなってるんでしょうね

のこのこ東京に出てきて竹橋のKKRホテルで平日の午後、乾杯に参加しました。何とか懇親会で、受賞おめでとうという方にも乾杯です。11階の宴会場から久しぶりに都心の大手企業ビル群を眺めます。

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よく見ると、建設中の東京スカイツリーが遠望できます。2月に錦糸町で見た時からだいぶ高くなっているようでした。たしかその時、東京タワーの高さを抜いたばかりの頃でしたが、4ヶ月でどれだけ伸びたのかはわかりませんが、ちょっと形も変わっているようです。

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小惑星イトカワからの「はやぶさ」帰還とサッカーワールドカップ決勝リーグ進出で少し気分的に変わりましたが、デフレ気味の昨今でどんどん伸びているのはこのタワーくらいのものです。何とはなく希望を抱かせる姿でした。

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2010年6月23日 (水)

夏向きの生酒  壱六八 黒牛 詰口できています 

本生原酒の詰口ができたので、加水して16.8%に調整した「生酒壱六八」と共に、生酒アイテムがそろって出荷できる状態になりました。梅雨時の生酒など、なかなか怖くて避けていましたが、充填機(フィラー)と封緘機(キャッパー)部分をクリーンブース化したので何とかやれるようになりました。

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純米の原酒はアルコール分18%強あります。少し度数を抑えて17%弱くらいが飲みやすいのですが、多くの方に利いていただくと、やっぱり原酒にこだわる方と、これくらいがいいという方と2タイプに分かれるようで、当社は生が2アイテムになっています。ただし、濁り酒や活性にごりは今のところやっていません。

16.8%に調整というのは、テイスティングの結果で決めたことですが、壱六八でイロハと読む語呂合わせになっています。ただし「いろは」は他社が商標を持ってるようなので、あくまで16.8です。

ラインのスケジュールで出荷が途切れましたことをお詫び申し上げます。

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2010年6月22日 (火)

無農薬の水田で草取りを眺める

傍観と偽善は同じ意味かそうでないか、役に立ちようは他にもあろうと嘯き、眺めているのは、おっちゃんの無農薬水田。一反、結構薄捲きで酒米みたいだがヤマヒカリ。2条田植機で2本植え、坪50株くらいに見える。高原的な山間部なのだが、今日は結構蒸し暑い。

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いろいろ教えてもらった方だが、こうして収穫した米や野菜で民宿を経営されている。エコ民宿というとちょっとインテリくさいタイプを想像するが、そんな環境問題を語るタイプでは絶対ない。その代わり毎日草取りと土づくりですごくごつい手だし、純米酒を語らせると恐ろしく実践的。健康の話なんかしながら、1日一組限定でお客を泊めている。店からその田とか畑が見えるから説得力抜群でもあるようだ。女性のお客さんが多いし、外国人も来るそうだ。

田植えからひと月くらいは棒にチェーンをぶらさげた道具を使って草取りをするらしい。農業雑誌で見て覚えたそうだ。

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根が伸びてくるこれでは取れないので、熊手みたいな奴になる。さっき別の地区で老夫婦は腰に箱を掛けて手で1本ずつ引き抜いてはいたが。あれはきついだろう。

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いきなり訪ねて悪かったが、店に来ていたお客が、今草取りをされているから待っていてほしいと言ってらっしゃると伝えてくれた。1反で目標7俵というのは、ちょっと無農薬では難しいのではないかと問う。秋に結果を教えていただくことにした。自家用と民宿で使ってしまうらしい。宿は外観では酒屋にしか見えない。地酒と焼酎も結構ある。ただし清酒は純米だけだ。

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2010年6月19日 (土)

田1枚の広さを問う

きょうわは(「今日は」を和歌山弁で書くとこうなる)雨。天気予報では、明日も明後日も雨らしい。梅雨らしくなりました。田植えされた後の田んぼに雨が降っている風景が大好きです。酒屋としては酒米のことを想うので、見慣れた地元周辺の農村地帯の風景を見ても稲の生育の状態や天候、主産地や品種の違いなど、あれこれ考えてしまいます。

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この写真は海南市と和歌山市の境、仁井辺、多田あたりのものです。これでもけっこう田がまとまった地域ですが、いいところ田1枚の広さは1反(300坪)くらいでしょう。ここの場合向こうに多田集落が見えますが、まずまず開けたところだと、これまでは感じていました。普通もっと建売住宅が目に入るもので、次の写真など岩出市(和歌山市の東隣のベッドタウン)北西部ですが、これくらいがちょうど紀北地域の標準という感覚です。

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これまでは、というのは買付や契約栽培に山田錦、五百万石、雄町といった酒造好適米の主産地を訪れるようになるまでは、ということです。たしか富山の五百万石の圃場で3反、岡山雄町の藤田地区で1町歩、山田錦でも滋賀県安土市の大中なら1.5町歩ありました。聞けば秋田の大潟村や北海道へ行けば1枚3町歩、約3万㎡という田が整然と整備されているそうです。和歌山の場合、傾斜地が多い、都市近郊で宅地開発が先行した、ということですが、これは努力、工夫で何とかなる話ではありません。有機だとかと言ってもこんなに宅地が接近していていいはずもありません。地産地消といいますが、それは部分対応しかないかと、最近は思っています。極論して2つの方向があるでしょう。何をさておいても最高の原料を主産地から得る。そして最高の設備、技術を組み合わせて最高の酒を造る、というのがひとつ。あくまで地元の米、水、人にこだわり風土に根ざす、というのがひとつ。あとひとつ付け加えるとすれば、環境指向か。蔵が置かれた場所や制約があり、ちょっと強い地元志向は自社では無理かと悩んでいます。最高とはいかなくてもベストヴァリューの組合せで、お客様に喜んでいただくのは可能でしょう。米、米と20年ほど追いかけてきましたが、最近は水が結局蔵の酒を決定するんだろうなと思っています。米は遠くまで運ばれますが、水はまず地元のものですから。

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2010年6月17日 (木)

梅雨入り、でも今日は蒸し暑いが好天 さて今年の作柄は

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梅雨入り後にしては蒸し暑くても好天です。そんな朝、米屋さんと話し込みました。13日の日曜に近畿は梅雨入りして、これは去年より10日遅いようですが、4月、5月は天候不順でしたので、今のところ普通の1週間程度生育が遅れているようです。何せ田植えの後で霜が降った所もあったようです。梅雨の間気温は高いらしいのですが、梅雨明け後の天候が心配です。穂が出るのは普通8月10日頃、山田錦で盆明け頃なのですが、その出穂期の約35日前の幼穂形成期までに分けつ数は9割近く決まってしまいます。また田植え後すぐの低温で、稲がしっかり根が張らず穂長が短く、枝梗数も少なくなる可能性があります。

去年の五百万石の作柄は平年の3割近く少なかったということです。今年もそれじゃ困るよね。心配ですが、来月10日を過ぎると現地も手が空くようで、また産地、圃場廻りにでかけたいと思い、手配を依頼しました。

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2010年6月14日 (月)

大阪チーズ食いだおれ!2010に参加してきました

13(日)、大阪・上本町のシェラトン都ホテル大阪で、大阪チーズ食いだおれ!2010に和歌山ブースに参加してきました。NPOのチーズプロフェッショナル協会主催ですが、お声掛けいただいたので、自社のPR、それに和歌山の物産との相性という趣旨ですから、県のPRにも役立てれば、ということで商売抜きという気分です。共同ブースですから場所もないしと、パンフレットも持たず、梅酒2種と純米吟醸のみ。明快です。和歌山ブースは、串本の椿本フレーバースモークフーズ(魚介の燻製)、当社黒牛、山本勝之助商店(カネイチ)(山椒関係)、有限会社橋本漆芸(食べられないが漆器の台をご提供。よく映えます。蒔絵のUSBはきっと売れるでしょう)、岩出の高砂アラレといった構成です。

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チーズをこだわるというからは、有名ソムリエ、ホテル・レストラン関係、ワインスクールだけでなく、グルメ食通の消費者が集うイベントです。上品ながらもちょっと舐められんなというムードで、慎み深く立っておりましたが、お取引のある酒販の方や当社製品を飲んでいらっしゃる方とかも見えましたし、梅酒の辛口と旨口2タイプの違いに非常に興味を示す女性が多かったりと、日本酒への関心を持っていただく機会にもなったかと思いました。日本酒専門のイベントは、どうも最近需要層の拡大に結びついていない気がしていましたので、新鮮でした。しかも旧知のソムリエさんから別件で来ないかとお声も掛けていただけま

した。

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ワインとの相性からチーズのこだわりも派生したと聞きますから、欧州文化の深みを感じます。日本だってつまみの珍味やそばにこだわったのですが、こういうスケール感はありません。そばプロフェッショナル協会でもできないかな。

懇親会も覗いてみました。牧場にホテル、レストラン、ソムリエ、スクール、とチーズを取り巻くワールドが垣間見えます。 最後まではいませんが、できるだけこういう機会には参加するようにしているつもりです。

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2010年6月12日 (土)

ひいなの湯(和歌山市加太)

この季節に泊まり込みの研修会を社内で行うことにしています。

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今年は社内で半日やってから出かけることにしました。1時間ほど社長が理念やら現状と方針その他話してから、各部門の報告とディスカッションです。見ているとこれくらいの人数が一度に会議できる目一杯かと感じました。

和歌山県の北西端に和歌山市、そのまた北西端が加太という漁港で紀淡海峡に臨んでいます。市内中心から車で30分ほど、蔵からなら1時間近いのですが、まずまず便利な範囲です。潮の流れが速いので鯛の身がしまっていてうまいため鯛の一本釣り漁が盛んだという印象ばかりでしたが、寒天の生産も多くて、護岸のうえで漁師さんがてんぐさを乾かしています。今日は大阪屋ひいなの湯に泊まりました。

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漁港に面しているので、海や船を見て散歩したりしてみました。

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翌朝サニータウンまで出かけてみました。有田あたりまで見渡せます。菖蒲園は去年閉まってしまいましたが、淡嶋神社や市立少年自然の家もあって、魅力のある所だと思います。当社とアパート建築会社が同じように来ていました。

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2010年6月10日 (木)

日本酒フェスティバル2010 参加予定のお知らせ

今年も標題のイベントに参加することになりました。

7月11日(日)東京プリンスホテル2F プロビデンスホールにて

昼の部12-15:30

夜の部16:30-20

前売各回7000円、1日通し10000円

当日各回9000円、通し券12000円

主催は川島酒縁の会・日本酒伝承の会 03-3785-8806

0120-85-8806 詳細はここへお問い合わせ下さい。

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写真は2009/7/13のもの。

参加蔵数56

今年で10回目だそうです。

アルバイトの当てにしていた女性が出産月だそうで、一人でがんばる

予定です。

当日券もありますが、前売の方が安い。

結構アットホームな感じで、蔵としても情報収集のため、意義のある場

と考えています。

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2010年6月 8日 (火)

頭が痛いのは慣れるものだ

Img_3040 何を思ったか、土曜日、泉北ニュータウンの泉ヶ丘近辺を歩いた。古代須恵器の窯跡の集中するあたりだそうで、博物館もある。ニュータウン建設時に整備された大蓮公園を歩くと、なるほど慣れれば快適という感じだ。5才くらいの集団がワイワイと遊んでいるが、弟がザリガニをちぎったの踏んだのと、子供らしい無慈悲さだ。全員巻き舌で小グループ同士罵りあいながら、自転車で流れて行った。巻き舌の練習ねェ。

週明けからまた鬱陶しい材料は山積。もう慣れたような。

遠路来訪の機械関係の若手と話す。この前来た別の会社は、熱交換を二重にして温度を下げてから貯蔵タンクに入れる方式を提案してきた。今度の会社はいったん熱酒でタンクに引き込み、冷却プレートと循環させる方式を提案してきた。そりゃその方が火落ち予防対策にはいいわな。当社は今タンクが足りない。しかし火入れ用のタンクを増やせば、もっと早く火入れできるのかと思っていたがそうではないようだ。スケジュールに押されて、そういう作業日程ができない。日程を延ばせばいいだろうが、季節勤務者と通年勤務者の混成ではそれができない。つまりは人の問題という背景がわかってきた。私みたいな蔵元というのは現場の理解も不十分だしできることは限られているが、そろそろという感じだ。

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2010年6月 6日 (日)

紀州人はお人好しではなかった

海南から南へ20㎞ばかり、和歌山中部の有田郡広川町というと稲村の火の濱口悟稜で有名です。防災教育も兼ねた資料館が町内にあって、3D映像で津波に対する教育と濱口儀兵衛の業績映画を見せてくれます。その儀兵衛が安政南海地震で一波目の津波から辛くも逃げおおせてたどり着き、救難活動の拠点となったのが広八幡神社でした。なるほど広の町よりは少しは高くなっています。ここに悟稜翁の顕彰碑が建っていますが、案内を読んで、自分のこれまでの思い違いに気づきました。

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和歌山県の湯浅地方で醤油がまず生産されたが、銚子へ伝えそこで大産業になったとか、鰹節も最初はここらで発明されたが他所へ広めた。その他ありますが、冒険的で進取の気風はあるが、お人好しで他所に製法とかを伝えてしまって、その先の方が大きくなってしまう、という、県人間ではよく語られるネタです。確かにそういう気性はあるとも思いますが、少なくとも理由の一部はそうではなかったようです。

周辺の漁民は、16世紀後半の天正頃から九州、少し遅れて銚子近海まで出漁、移住もあったようですが、その理由というのも、天正の兵火(豊臣秀吉の紀州侵攻)による広の焼き討ち、宝永4(1707)年の大津波による壊滅的被害、それに続く近海での不漁などだったと言います。つまり儲けのためというよりは、難民的拡散も多かったというわけです。

おそらく数世代間隔で何度も津波に洗われてきたのでしょう。684年の分からは記録に残っています。濱口儀兵衛の活躍した時の地震津波は1854年ですが、彼の偉大だったことは、次の南海大地震(1946)の時有効だった堤防を築いたこと、この時の難民化を防ぎ復興に尽くしたことですが、その事業を可能にした実力は、既に江戸に進出して財力を持っていたということですから、前回の紀州人拡散の成果をフィードバックしたということかもしれません。

それから稲村の火というのは、収穫後乾燥している稲穂にわざと火をつけ驚いて村人が集まってきたら津波がきた、という文脈で覚えていましたが、実際は第一波の津波の後、闇の中の避難方向を、藁を積んだ山に火をつけて示したということで、これも思い違いでした。

ご参考までに。稲むらの火の館に立ち寄られることもお勧めします。津波はこわいよ。

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