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2010年10月27日 (水)

寒くはなってきましたが今年の酒づくりは大変だろう

漸く寒いと感じる日が来ました。やっと酒づくりがやりやすくなるなと思ってはみますが、米の洗い場を見に行って聞くと、やっぱり今年は割れやすいようで、精米で割れやすく、米洗いしても割れやすくでは、どうも今年の酒づくりは大変そうに思えるのでした。製造部の奮闘に期待するしかありません。純米酒の掛米(五百万石)の洗米風景です。

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2010年10月22日 (金)

山田錦到着、和歌山美山錦も既に入荷

本日、岡山の山田錦160俵がフレコンで到着。数日前に和歌山の契約栽培米有田川清水産24俵余も着いていますから、入荷も本格化というところです。

Img_6232 600㎏も米が入ったカゴがぎっしり2段に積まれると、経営としては圧迫感を感じます。いいかげんに造るなよと言われている気になります。

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米トレサビリティ法施行で、フレコンにも検査証明書が付けられています。ちゃんと揃えて置かないとね。

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精米場は、糠を削り取るだけの単純な仕事ではありません。糠は赤、中、白、特白と4段階に分別して排出され、それを計量、袋詰します。途中で割れて排出された小米、玄米を投入した最初に出てくる胚芽と都合6種類の物量が、仲買人に引き取られていきます。今年ももう既に4トン1車が出て行きました。経費を考えると委託精米の方が得だとか、けっこう有名な蔵でも委託精米だとか言われますが、ここの蔵の場合は、玄米で買って、どれだけ途中で割れたかチェックすることにこだわっています。そうすることで、一部委託するにせよ精米業者への発言力が違うし、農家から玄米で運び込まれる方がチェックもきくし契約関係は強固になると信じているからです。

正直、今年の和歌山の美山錦は割れが多い。早生で高温の影響が大きかった。夜間、田に水を引くなどしてくれたようですが。

晩稲はその影響は少ない傾向にあります。山田錦、雄町は期待できそうです。

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2010年10月21日 (木)

東京にいた翌朝、花園の山中を歩く

高野山のお寺に備える花を作るのに開かれたとか言う花園村は、有田川上流の山の中ですが、平成の合併でかつらぎ町になりました。こちらも道が良くなったので、1時間余りも海南から走れば何とかたどり着くようになりました。少しばかり縁があって地籍調査の立会に出かけます。経済的には疑問ですが、これもインフラづくりというのでしょうか。それにしても、前夜都会から移動して翌朝山中を歩けるのは、ある意味恵まれていると感謝すべきかと思い直しました。施業の一体化とかできるんですかね。

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2010年10月20日 (水)

都の移動に従って動く

奈良を午後2時に出て近鉄で京都に移動する。たしか特急で35分くらいだった。観光客が多かったが、京都駅も同じだ。駅の南側にイオンモールができている。ここからちょうど2時間ほどで新横浜に移り人と食事をして奈良の話などし、都内まで行って寝る。翌日がその地酒イベント。

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2010年10月18日 (月)

週末の地酒イベントを考える

奈良県新公会堂はすばらしい公共建築物で、西側正面遠くから見ると唐招提寺の金堂をイメージしたようですが、それをさらに横に広げたような広壮で気品のある平家建に見えます。が、近づくと豪快な鉄筋コンクリート造の巨大施設であることがわかります。内部は会議室しか見ていないのですが、ホールや裏庭から見ると3層の近代建築です。

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近畿の酒造組合は年に1回人材育成と称して研修イベントを持ち回りでやっています。灘でやるよりは参加者は少なかったが会場はすばらしかった。

 お酒関係イベントの効果について指摘があり、そろそろみんな気づいてきたというか、問題視してきているのかなと、流れを感じました。内向きになって、一般への需要開発につながらないイベントにならないように、という信号を少なくとも組合主催のイベントについては注意喚起が出たということです。

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2010年10月15日 (金)

狸の一家と白崎で出会う 

和歌山中部の海岸沿いに由良という街があります。三井造船や海上自衛隊の基地があって、たまに潜水艦や豪華客船が停泊しているのですが、今日は真っ白い石灰岩の岬、白崎を超えて海岸沿いの県道を北上しておりました。漸く涼しくなり、風は爽やか、海岸も山も輝いて、いい調子なんですが、県道を狸の一家が塞いでおりました。7,8匹はいますが、あれではしょっちゅう車にはねられているのは当然というか、目が遠いようです。

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ほとんど顔つきと体格が同じで親と子達でできた集団でしょう。県道まで押さえられるのでは、畑の被害は防げない気がします。彼らにすればとにかく食うことが大事なんでしょう。人だってそう変わらないのもいます。

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2010年10月13日 (水)

酛始め 今年も酒づくりができることに感謝

地元側社員が過半になると杜氏が来るまでに蔵側の準備も進めておけるようです。初日は井戸の清掃をしたりしていましたが、翌日にはもう最初の酒母用の麹をごく小さく蒸しています。その麹が2日後にできるので、2日空けて酒母用の掛米を蒸して酒母作りが始まります。半仕舞の蔵ですから次の酒母の麹米の蒸しが重なり、その3日後に、最初に本仕込みの添用の麹米を、その2日後に仲用、翌日に留用の麹と、添用の掛米を蒸し、都合、最初の蒸しから10日ほど経って、最初の本仕込みの添となります。掛米は麹米より圧倒的に量が多いので、漸くこの頃から活気づくというか忙しくなってくるわけです。まだ見ていると器具類やエアシューターのホースを熱湯で洗浄したり、春までの工程表を作ったりしています。今日はまだ、最初の添えまで行ってないのですが、今年の造りの方針について、蔵内だけで会議をし、慣例の酛立てとして、皆で一杯の席を設けました。無事故、無病での皆造を依頼、徹底します。また今年も造れることが如何にありがたいことかの認識もお願いしました。さて、長丁場ご苦労をかけるのですが。

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2010年10月11日 (月)

紀州の酒肴ってこれでよかったですか(蔵元を囲む会)

蔵元を囲む会をやっていただけたのですが、地元の特産の食品を持ってきて下さいということでした。梅干しやなれ寿司、目はり寿司、小鯛寿司、うつぼのフライなど他に思いつくのもあるんですが、酒のつきだしであるのと、日持ちのこともあって、ごぼう巻き(かまぼこの紀州独特のもので、ごぼうと魚のすり身をハモの皮で巻いて焼き上げている)、金山寺味噌(何社かあるが、今回は湯浅の垣内製)、粕漬け(当社自家製、今回はウリ。他にげんごすいか、きゅうりもある)の3品にしました。

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2010年10月 9日 (土)

トップが二位以下をたたくとき 兵庫県産山田錦サミット

山だ街だと走り回る1週間で、今後を占うイベントのことを整理する時間がありませんでした。

JAグループが主催の兵庫県産山田錦グレードアップ発表会兼兵庫県酒米振興会60周年記念行事に行ってきたのですが、19府県の20酒造組合、30府県の90の酒造メーカーが来ていたのはさすがです。もちろんJA関係、副知事を含む行政等、産地の総力をあげたイベントでした。

グレードアップというのは、来年産から米選機のふるいの網目を2ミリから2.05ミリに大きくしたり、生産工程管理を高度化して、一気に他産地を引き離そうというトップの危機感と覚悟を内外に示すものでした。

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全国の酒米の3割、山田錦の8割を産出する酒米王国、兵庫ですが、25年前なら兵庫しか山田錦はなかったのではないかというイメージで、2割も他県で作るようになっているのか、という驚きでした。一応山田錦の誕生は1936年(昭和8年)と覚えておきましょう。母が山田穂、父が短棹渡船です。

もちろん、育種家種子→原原種→原種→JAから頒布される種子と、厳格な種子管理から、適性産地の選択や技術指導といった説明を聞けば、質的量的な圧倒的地位は揺るがない印象でした。どうも種籾を持ち出して、他県で山田錦の栽培が広がったことへのいらだちが感じられました。平成初期まではほとんど山田錦は兵庫でしか入手できず、どうやって山田錦を入手しようかと他県の蔵は悩んでいましたから。

農家も作りにくいが高く売れる可能性のある山田錦を他県でも作りたい人が出てきたこともあり、徐々に広がって2割にまで至ったということなのです。

今では、差別化を蔵も求められるし、地産地消という要請もあって、自蔵や自県独自の品種を使おうという意識も広がり、質がいいから絶対兵庫の山田錦を買うという蔵ばかりではなくなってきたという問題があります。ましてや全体の需要低迷で、山田錦を必須とするアイテムの需要も減っているということがあるでしょう。それにつけても、網目を大きくすれば、ドロップアウトした粒が増えるに決まっています。どれだけ再検査にまわり3等になっているのかは不明ですが。3等なら特定名称に使えますが、全体でどういう使われ方がされているのか、蔵からは見えない世界です。

酒の場合、原料米の産地と蔵の所在地は離れているのが本来の伝統で、江戸時代までは地産地消だったというのは必ずしも正しくありません。灘が播州の原料基地を作ったとも言えますが、米消費県の和歌山の蔵としては、酒の質を考えると、あまり地産地消にこだわらない方がいいと思えます。もちろん契約栽培も地元で続けてはいるのですが。

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2010年10月 7日 (木)

杜氏蔵入り

10月5日の夕方、今年は3人が但馬から蔵入りしてきました。いよいよ造りの季節です。ちょうど涼しくなってきましたから。地元の社員が4人、精米用アルバイトが1名、これで今年はいきます。翌朝の井戸清掃、消毒から作業を始めましたが、社員は既に精米を20日頃から始めています。1人は東京の滝野川に研修に出していますが、酛立てまでには帰るはずです。着実に社員化を進めております。

ところが、あわただしく挨拶と簡単な方針を伝え、私は十津川の山の中へ消えていきます。森林組合の若い衆と約束していた日が蔵入りの日に重なってしまいました。木を見て山を見ず。山を見て蔵を見ずだか、木を見ずだか。どうして日本の山はこうなってしまったのでしょう。国破れて山河あり。この国の林業が破綻したところで山は青々、何の変わりもないどころか、かえって森林蓄積を増やしていきます。

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酒蔵が減ろうが、なくなろうが、ワインやリキュールを飲んだり、アルコールなしでも娯楽の方法は増え、人々はあまり困らないようです。状況はよほど悪い、というかそれ以上なのですが、林業の方がある意味ましかもしれません。

とにかく今はいい空気を吸い、明日は搗き上がった米のことに集中しようということです。往復5時間はきついが楽しいドライブでした。国道168号はこの先すごい道になりそうです。

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