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2012年1月26日 (木)

それぞれの関わり方で

朝の6時半、羽田へ向かう電車は結構混んでいる。浮世絵みたいな三段朝焼けが美しい。
今日は新鋭787が駐機していた。大きく見える。早く当たるといいな。
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往きは、東京に拠点を持つ和歌山の印刷会社の社長さん、それからこれから拠点を作ろうとしている大阪の被服会社の人と出会った。
こっちは関連会社を首都圏に置いてとかは逆にやめて地酒蔵らしくなりつつある方向だけど、普通に営業に廻るわけだから、同じと言えば同じだ。
今回は東海道は藤沢宿を歩く。義経首洗い井戸とか時間があれば寄りたかった。
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金融機関の若手と会い、調査機関に出向していた時の論文が載っている広報誌をもらった。東京の地場産業である印刷業について取材されたようだけど、こうして地方からも営業に来るしで、どの業界も大変そうだ。
夜は、寄ってみてほしいと言われていたお店、和歌山出身で開店したばかり、へ行こうとしたが満員で入れなかった。それはそれで結構だけど、地方と東京の関わり方に想いをはせつつ、安い地酒スタンドみたいな知人のアンテナショップにころがりこんだ。


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2012年1月22日 (日)

がむしゃらになれる日を想って

土曜日は郷里のエース、アジアや世界までビジネス展開されている社長の講演を聴く。「わかってくると動けなくなるんだ。」そうそう。日曜日はシンポジウムで大学の先生の話を聴く。市長やらもパネラーにいるが、それぞれ立場上当然という話だった。全くみんな優秀。今日も同じようなことで、要は自分から動かないと周りも含めて進まないということ。まったく。現役の経営陣はあまりみかけず企画関係の公務員が多い。
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蔵は町並みの背景で、高品質品を世に送り出すのが主務。場所もうまくメインのエリアから奥まった位置にある。もちろん協力はしますが。


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2012年1月20日 (金)

南天は食べられない

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南天は食べられないが、彩りを添えてくれる。
南天のようになりたいのか、南天にはなりたくないか
自分にもよくわからない

海南の魚どころ「さとう」で夕食を一人摂る日があったっていいだろう。
他所でも多いのかどうか知らないがこの季節、実をいっぱい付けた南天が街路樹
にも見られる。和歌山なら本町通りや海南と和歌山の境の国道沿いは濃い赤が目につく。

子供の頃はもっと雪の日が多かった。雪でうさぎを作ると目は南天と決まっていた。
明日はいろんな意味で忙しい。そんな時こんなことを思い出す。


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2012年1月14日 (土)

米屋さんと米洗いを見る

食用米専門だが米屋さんと米卸の方が、一度見学させてほしいとやって来られた。当然精米所には関心をもって見ていただいたが、米を洗う所を見ることができて喜んでくれた。吟醸造りに取りかかった時期でもあり、手洗い工程もある。米屋も精米所はあるが洗う工程はない。無洗米というのもあるが、水は使わないそうだから、「洗う」という作業は珍しいようだった。どれだけ水を吸わせるかについては、きちんとした計算と集中力と体力の要る作業が必要で、作業者に話しかけたりはしない。原料処理が大切なんだとは説明はしたが。

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工程が複雑で長いとか、蔵の外観から、中でこれほど若い人が働いたりそれなりの設備があるのは驚いたとか
のご感想だったようだが、こちらの関心はやはり米市場の動向にある。
食用についてはあまり下げは期待できなさそうだった。23年産米は買い手が産地をかなりこだわって指定してくるという。酒米も加工用米などは分配協議されているようだし、24年産分の申込提出が例年よりかなり早いということは、いつもと申込の動向が違うことを意味している。何かあった時でもいい原料を確保するには、長期安定の契約確保と圃場周りとかで顔の見える関係作りが大切だ。

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2012年1月11日 (水)

アロチで蜜柑ラーメンを食べる

とうとう出たか、蜜柑ラーメン。久しぶりに和歌山のアロチ(JR和歌山駅から少し西に歩いたあたりの飲食店街)で夕食を食べたら遭遇した。えらくあっさりして酸味もほどほどで、爽やか。高島屋でも売ってるらしい。まさにコラボのパターンです。冷麺風の食べ方になるのかな。

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名産物がこうして生まれていくといいんですが、製造元の早和果樹園の社長さんの手も写っています。


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2012年1月 9日 (月)

何とかしたいが手が限られているとき

人によっては三連休のなか日、JR和歌山駅から本町まで歩いて抜けていった。イベントまでは時間がありすぎる。電車の駅から離れた位置にある繁華街ぶらくり丁の惨状を実感しながら歩いていきます。日曜の午後7時前でほとんどシャッターが降りているとは思っていなかった。
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南北に通る本町通りと大進小学校のある通りの間、約540mがアーケード街だが、東の端から200mほどが東ぶらくり丁で、一旦大門川を渡る橋でアーケードがとぎれる。西側が中ブラクリ丁になるが、西端あたりで、南北に伸びる築地通りでまた切れる。その西が最も賑わっていたはずのブラクリ丁で、本町に出る。昔はそこに丸正百貨店があって、ここが和歌山の商業の中心だった、はずだ。
 東から入ってきたので、この時間では東ぶらくり丁はほぼ閉まっていた。昔は西端に映画館もあった。脇道は風俗街、といっても数軒のソープがあるくらいだが、いったいみんなシャッターを降ろして残るのが風俗と交番という光景は情けないというか悪いジョークだ。
中ブラクリ丁からはまだ少し開いている店もあったが、覗くと居酒屋が1軒しか開いていない「銀座通」というのも、ジョークの連発を食らったようで、ある意味日本一の銀座通かもしれなかった。通りもカラオケ、ゲームセンター、脇道はパチンコ、と歓楽街化の傾向が感じられる。
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いろいろな取組があるのはわかるし、そういう本当は空きなんだけど、何とか名目を変えて開けている区画がやけに目につく。ああ、何とかしなくてはと思うが、小企業にできることなどないのかもしれない、だいいち通りには飲食店や酒屋はない。せめてこうして周辺のお店で何かの行事がある時参加するくらいのものなんだろうか。

それにしてもわからないのは、この期に及んでまだ郊外に大型ショッピングセンターを作らせるというところだ。


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2012年1月 6日 (金)

山田錦特A到着

事務所も開いて、留守電やFAXの処理にばたついている朝、今年初の蔵に運び込まれたものは山田錦の特A地区の特等品でした。原則自社精米の当社ですが、これについては白米に搗かれてからの入荷です。精米機の比較になりますから一部を委託精米しているのです。いよいよ吟醸仕込みに取りかかる時期になってきました。
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2012年1月 3日 (火)

恵方に向かって進め

酒屋は年末遅くまで仕事をするが、年明け仕事始めは遅い。事務所など6日の朝礼まで休みだし、そこから7,8、9とまた休み。もちろん蔵は交替で元旦も3人くらいは詰めているから、船みたいなシステムで醸し続けている。売店も4日少し開けるとか言っていたが、どうも5日からになりそう。自分は4日以降はお客が来るとか、役所は開くからとかで、4日午後からスタンバイなのだが、元旦に松尾様にも参ったし親戚づきあいもしたしで、3日しかフリーな一日はないようだ。
今年は恵方は西北西らしく、少し外れているけど、紀三井寺まで歩いて参ることにした。テレビで「昔の人は偉かった」を見たからかもしれない。家から歩いて1時間で西国二番札所に行けるのはありがたいことなんだろう。
天気もいいし、そう寒くもなく、また春の桜も楽しみになる。片男波が正面に広がる開放感がすばらしい。
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大観音堂は有料だが、三が日は入山無料。急な石段は幼児や老人に気をつけて行かねば。納骨堂にもなっている観音堂は新しいがインパクトのある存在で、下の国道を通れば真っ先に目を引く。基礎の石垣が麓に露わになっているからか。ここでは写経もされているようだ。
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2012年1月 1日 (日)

今年もやることいっぱい

新年あけましておめでとうございます。
今年も課題は多いのですが、よろしくお願い申し上げます。
さしあたって、元旦から松尾大社へ参拝してきました。
さてイベントで近いところでは、「第2回紀州海南ひなめぐり」が2/1から3/3まで、海南市内各所で開催されます。黒江地区の川端通りは中心地区のひとつですから、私どもの黒牛茶屋も昨年に増して飾り付けに工夫をこらすはずです。近年やってる町並み関係のイベントで最も好評というか人手が多いような気がします。ポスターを下記にアップしておきます。まさかこれで怒られないでしょう。
「SCAN1342_000.pdf」をダウンロード
「SCAN1343_000.pdf」をダウンロード



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