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2012年7月13日 (金)

意味的価値を求めて

プリウスのPHVは市街地の近場を走って帰っては充電する、の繰り返しが一番なのはわかっていた。遠出をするとどの程度の燃費でどれだけ走るのか、それを試したくて片道260kmを岐阜まで出かけた。
人任せの予定で放り込まれたのは、その車や家電、そして地酒がこれからどこまで品質にこだわるべきかを考えさせてくれるテーマの分科会だった。
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慶応大学の先生が、いかにして日本の家電が敗戦したかを分析してくれた。以下は私の勝手な理解だが、X軸にスペックまたは品質、Y軸に「お客が払ってもいいプライス」のグラフを考える。コストも右上がり線になるが、新興国は上昇角が低い。製品の価格設定も右上がりに考えるのが普通で、簡単に言うと、「いい物を作れば高く売れるだろう」ラインになる。これを過去の成功体験をもとに、日本の主力メーカーはこれまでどおりの角度での右上がりのラインの延長上の製品を国内工場で、つまりこれまでと同じコスト線の延長上で生産した。新興国市場では、その線より下側の需要しかなく、つまり余計な機能はいらないからと、低価格の製品が選択され、コストが高い日本企業は、国家一体で大規模投資した新興国企業に敗退したわけだ。ある程度の水準までくれば品質の差はお客にはわからなくなるらしい。先生の例えでは、デジカメの画素数がある程度以上になると、さらにレベルを上げても顔の小皺がよく見えるだけ、というわけだ。テレビが典型で日本の主力空母が沈没、そのライン上でまだ行けてるのが、炊飯器くらいだそうだ。つまり品質の上昇余地がまだあったのか、最近新境地を開いたのか。
ラインの右上にいく、つまりレベルアップしたらコスト上昇以上に高く売れる、というのはアップルとかの意味的価値を消費者が認めた場合だけだ、というお話だった。デジタル化して技術移転しやすくなったとか、国内フルセットにこだわったか、さっさと生産を海外移転させたかの差もあるらしいが、つまるところは日本が高コスト体質で考えも硬直化してやる気も低下していたということらしかった。

さて「ブランド」と「意味的価値」は同じなのか類似するだけなのか。嗜好品の宿命からか、剥きだしのコスト分析にはなじまない部分もあるが、日本酒メーカーの品質への「こだわり」をどう出していくのか、考える材料にはなった。どうもいい品質のものを安く出し過ぎているように見えるが。

それはそれとして、高速を長く走った場合プリウスPHVは2500CCセダンと大差はなかった。ちょっとゆったりしないだけで、高速での燃料消費は半分以下、ハイオクじゃないから4割くらいのイメージか。

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