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2015年6月28日 (日)

朝顔満開は美しいが

酒蔵のある黒江の街と蔵をいい角度で撮影したいというプロと話をします。ふだん必要に応じて近くの岡なりから撮影していたものでは、撮影位置の高さが足らない、つまり見下ろす角度が小さく、周囲の建物に遮られたり構内も配置がわかりにくいということらしかった。さすが見方が違うものです。
 何でも上から撮ればいいというのではないとわかったので、自分でも撮ってやろうといい撮影場所はないかと近所の岡を巡ってみました。地形や現存建物、木の茂り具合など注意深く観察するいい機会にはなると思ったからです。
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取りあえず撮ってみて今後の課題は得ましたが、驚かされたのは空き家が増えている現状です。車が入らない細い路地と傾斜地のひな壇のような土地の配置です。昔はそれで標準でしょうが、今時とても、新住民を呼び込めるものではありません。びっくりさせ、また寂しさをかき立てたのは、朝顔が石垣や空き家を一軒や二軒でなく谷筋に広がり咲き誇っていたことです。それも青紫の一種一色でそろっていました。
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住んでいる人が蒔いたにしては揃い過ぎで、初めはそうでも自然と広がったのかと勝手に思いました。まるで朝顔の谷です。
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ちょっと寂しいですね。
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2015年6月26日 (金)

蔵の近くでも山田錦を栽培

蔵から4㎞も離れていない田で山田錦が栽培されていると聞き見てきました。梅雨の小雨がぱらつく中ですが、広々したながめはいいものでした。和歌山市の広原というところですが、名前のとおり和歌山としては、まとまった水田が広がっていて、田1枚の大きさもそれなりにあります。
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2015年6月14日 (日)

高野山バイパスは開通しましたが

春に高野山バイパスが開通していたのをやっと通る機会に恵まれました。
海南から国道370号を登って行く途中も、美里バイパスが出来ているうえ、小西地区が改良されています。橋本・九度山方面からの道と合流する矢立付近まで1時間程度で着くようになっていました。あと3年ほどすればバイパスはかじか荘近くまで伸びるでしょから、もっと早くなるはずです。花坂を登る坂道も、開創1200年を目標に何カ所が改良されてるので、去年までより数分短縮されているようで、走りやすくなっていました。大門を少し通り過ぎてから東側へ曲がれば、山内を通らずに高野龍神スカイラインに出ることができます。ここは大きな時短効果があり、裏高野の野迫川村へ入る時間は大門から15分くらい短縮したのではないかと思います。
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 野迫川村役場付近までトータルで20分くらい早く行けるようになっているかもしれません。
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2015年6月12日 (金)

みかんの話をしよう

高名なミカン農家を大先輩と訪問し、栽培の状況や産地、畑のお話をうかがいました。
何と言っても和歌山県はみかん産地日本一で、そのまた本場の有田の農家さんから話が聞けるという機会は逃せません。
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こういう急傾斜の山腹を園地にして産物を得、他国に売って生活できるようにしたというのは、江戸時代に入ってからの取り組みだといいますが、当時は想像もつかないような発想と努力があったと思います。
ここ有田地方はかねてから何か違う才能を持っている人がいるなと思っているところで、商売人のセンスや努力の感覚がちょっと自分の周囲とは違う。とにかく、ミカンと蚊取り線香を産地化したのはここの地方の人達です。
イグサをくすべた煙で蚊が落ちるのを見て蚊取り線香を作ろうなどど思うのも超現実的だし、それを商品化して産業を創出したのですから、素直にその天才と努力をおそれ敬っています。
 

 


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2015年6月 8日 (月)

人が名前を残すとは

皆造で、製造部は打ち上げ。こちらは他分野も含めデスクに向います。5月の遠征の整理について、前回に続けます。
そもそも輸出を本格的にやる気になったのは、2011年の東日本震災の後のことです。原発事故もあって大混乱の後、特に首都圏が東北支援も兼ねて地酒を押す動きになりました。当時、お酒のイベントなんかも友情協賛という形で当社も参加しました。たぶんすぐ落ち着くとは言われていましたが、そのムードの中で、西日本のお酒もよろしくお願いしますといって、営業するのは、遠慮しなくてもいいのですが、どうも気が重いと思いました。ならば当分の間、今まで行ったことのない方向に活動範囲を変えよう、ということで、輸出に乗り出したのでした。それまでも取引はあったし商品は送っていました。ですが一度も現地の展示会に行ったことはなかったのです。
どうせ飛行機代もでないだろうということで。
それから、お誘いはすべて参加するという形で取り組み、石の上にもの三年が経ち、ついに4年目に入ったわけです。たしかに行ってみるのと聞くのとは違います。もちろん効果もです。
 さて5月のロスアンジェルスとサンフランシスコについては、復活した関西空港からのロス直行便で行けました。これを楽しみにしていたのでした。和歌山など関西空港に近い以外にそう利点もありません。輸出注力は自然な選択だとは思います。
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4回来ると会場周辺もつかめてきます。大規模な高級ショッピングモール、サウス・コースト・プラザに近接したホテルが会場で、空いた時間に歩くと、開発主の事業家が亡くなったらしく、メモリアル展示をやっていました。
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 セゲルストロム?とお読みするのか、この人はスェーデンからの移民農家に生まれ、かのバルジの戦いに砲兵士官で従軍もされたようです。その後、スタンフォードを出て、豆畑の農場の経営をする?ところから、たぶん建築か不動産開発に入って行ったのだとは思いますが、農場の近くに世界的観光地でもあるラグジュアリーで巨大なモールを開発し、大成功をおさめられたわけです。慈善事業にも注力し、音楽ホールを建設したり、芸術の後援もされたようでした。正直なところ今初めて知った人ですが、たいていの観光客もそうだと思います。移民の鑑、はげみということらしい。ロサンジェルスの郊外で先見の明もあったのでしょうが、桁の違う話だし、だいいち文化的見識が高かった。トリビュートの裏表紙に教訓が書いてあって、これは我々にもためになります。
「何をするにつけ、品質を大事にしろ」、「もし土地を買うなら最高のを買え、作物を育てるなら最良品を作れ」とあります。酒造するなら、最高のものを造れ、ということでしょうか。西海岸のモールにまで来て、いい教訓をいただきました。ロレックスをここで見てどうしろというのかと思っていましたから、意外な遭遇でした。


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2015年6月 2日 (火)

偶然の出会いは大事にしよう

週末の地元山間地の訪問は大阪や岡山の人達といっしょだったので、日曜は稲むらの火の館も同行しました。広村の堤防もついでに見ておくべきです。濱ロ梧陵が偉大だったというだけでなくいろいろ考えさせられます。
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しかし郷里の偉人も長年の夢をかなえて渡米されたところニューヨークで客死されたというのも、人の一生とは何だとか運命とかを考えさせられることです。

整理清掃に入っている蔵ですが、翌日、そのニューヨーク帰りだという、ヘアサロン経営の人と、酒バーのマスターだったが、これから自分で開業をめざすという人の訪問を受けました。たまたま居たからよかったのですが。ああ、その店は行ったことがあるとか、そこで黒牛が置いてあったとか、これもたまたま当たったという偶然を、普通は喜ぶのですが、何やら空しい感覚を得ました。こうして人やモノ、特に酒が、国境を超えて行き交う時代になったことは、喜ばしいには違いありませんが、いったいどこまで行けばいいんだという一種の徒労感や、輸出しているからその製品がすばらしいとは必ずしもいいきれないなとか、例の醒めた感情がでてくるのでした。それにしても機会は捉えるべきだし、出会いは大事にしようと思います。

 

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